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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 クローディアは、知らされた二つの事実にショックを隠せないでいた。一つは、佐佑が来週日本へ帰ってしまうこと。もう一つは、親友であるスコットが、昨日の夕方から行方不明になっているということだ。
 報告書を読み上げる女性職員の声は、更に残酷な内容を告げる。
「昨夜、“Gladius”の車の後を走っているところを目撃されています」
「その“Gladius”は、なんて言っているの?」
「わからない、だそうです」
「昨日は大変だったんじゃないの、彼」
 そこに割り込んできたのは、同僚のシェリルだ。
 クローディアは、佐佑との関係を一部の近しい友人にのみ打ち明けており、彼女シェリルは数少ない二人の関係を知る者の一人だった。
「ホテルの件?」
 二人がホテルにいた理由は、直前にホテル占拠が行われるという情報を得たが、その情報の信憑性が低かったため、報告をせず現場で張っていたということになっている。一人では怪しまれるために、クローディアが同行したという筋書きだ。
「そうよ。その前にもミッションをこなしているから、相当堪えたと思うわ。彼って細身に見えるけど、意外にタフなのね」
「あの前にも?」
「昨日のショッピングモール爆破事件は、彼を狙ったものだったのよ」
 シェリルに続いて職員が補足説明を加える。
「緊急極秘任務扱いで、社長から単独遂行許可が下りていました。場所はテムズ河の上流です」
 職員が得意満面に報告書のデータを読み上げる。社長とは、クローディアの父親であるゼネッティ将軍のことだ。ちなみに、作戦参謀は室長と呼ばれている。
「それ、見せてもらっても良いかしら?」
「どうぞ」
 報告書を奪うようにして受け取ったクローディアは、険しい表情でパラパラと目を通していった。
 報告書には、炎を操る魔物がミッションの対象と記されていた。
 二人の車が目撃されたという場所は、ミッションを実行したとされる場所と佐佑のマンションとの間にあり、場所的にも時間的にも辻褄が合っていた。
「サユウ……まさか……」
 クローディアは、誰にも聞こえないように呟いた。
 ほぼ同時に、チャイムが鳴る。
 滅多に耳にしないその音の正体を思い出すために、その場の全員が数秒という時間を必要とした。
 その正体が、表の探偵社への来客を報せるために、正面受付に設置されているチャイムの音であることを一番に思い出したのは、得意満面に報告書のデータを読み上げた女性職員だった。
「おまたせしましたぁ」
 女性職員は、にこやかな笑みを浮かべて正面受付に繋がるドアを開けた。そこには、苦笑する佐佑と、佐佑にしがみついて離れようとしない老婆の姿があった。
「よっ! おはようレイチェル。今日も可愛いよ」
「その状況でよくそんな言葉が出ますね」
 レイチェルと呼ばれた女性職員は、佐佑に向かって冷たく言い放つ。
「じゃ、この人に話したら力になってくれるから」
 佐佑は自身にしがみついて離れない老婆に向かってそう言うと、しがみつく腕の力が緩んだ瞬間に抜け出した。そうして、そそくさと奥へ立ち去ろうする。
「お嬢ちゃん、ほんとぉかぃ?」
 老婆は今にもしがみつきそうな勢いで、身体をレイチェルに向けた。
「え? えぇ、できることでしたら」
 レイチェルは、自分の顔が引き攣っていないことを祈った。

 受付があるロビーから内部に通じるドアをくぐった佐佑を、仁王立ちしたクローディアが待ち受けていた。
「サユウ、話があるの。トレーニングルームに来て」
 いつになく神妙な顔の恋人に何かを感じた佐佑は、即座に迷うことなく首を縦に振って返事をする。
「クサナギ」
 シェリルが佐佑を呼んだ声は、その場を和らげるのに一役買った。
「室長が昨夜の報告を直接聞きたいらしいわ。もし本部に顔を出すようなら、部屋に通すように言われてるの」
 恋人である二人の間に流れている異様な空気を感じ取ったシェリルは、余計な刺激を与えてしまわぬよう、事務的になり過ぎないように、また、親密にもなり過ぎないように細心の注意を払いながら、伝言を告げた。
「その後でいいわ」
 その一言だけを発したクローディアは、一度も佐佑の顔を見ることなく部屋を後にする。
「何? 倦怠期なの?」
 シェリルは、ぼそり、と佐佑の耳に訊ねた。
「さぁて、ね」
 クローディアの背中を見送った佐佑は、相変わらずの飄々とした調子で答えた。