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ヤマト航海日誌

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2014.7.29 『ヤマト』のファンじゃない



〈2.novelist〉の方で『宇宙戦艦ヤマト』を勝手にリメイクする小説を書いている。なんでこんなこと、と自分で思うのだが、どうしても書かずにいられなくなったのだからしかたがない。

二次創作なんてものにはまったくなんの関心もないから、まわりの他の投稿者の気持ちはまるでわからない。はっきり言って読む気もしない。おれがそういう人間だと他の連中もわかるのだろう。おれの作はぜんぜん出しても読まれていない。

やおい小説ファンなんかに理解されなくていいのだが、しかしますます自分が何をしてるのかわからん。だいたい、『ヤマト』のファンてわけでもなんでもない。子供の頃好きだったというだけだ。1968年に生まれた。小学三年でヤマトブームを経験し、四年生で『さらば』を見た。その頃には確かに毎日がヤマト、ヤマトだった。

しかし五年生で『新たなる旅立ち』、六年の夏に『永遠に』となって、秋から『ヤマト3』が始まると、最初のうちは続けて見たが冬にはテレビのチャンネルを『クイズダービー』に変えてしまった。『銀河鉄道999』も当時まだやってたはずだがこれも最後まで見ていない。

小学校を出る前に、もう『ヤマト』は卒業したのだ。その二年後に『完結編』だが、沖田艦長が生きて出てくると聞いてあきれて、『ヤマト』はもう本当にダメだなと思った。その春には『クラッシャージョウ』を見に行って、『ヤマト』の前は素通りした。

高校に入る頃にはアニメ自体見なくなった。その後も『ヤマト』はOVAが性懲りもなく作られているらしいのは知っていたが、レンタル屋で見かけても手を出したりなどしない。

おれは『ヤマト』をブームのときにだけ愛し、それが過ぎるとサッサと忘れた人間だ。けれどそれの何が悪い。あれはもともと子供向けの番組だった。小学校中学年をまさに対象とするものだ。

おれは『ヤマト』を見るのには最も幸運な年の生まれだろう。『ヤマト』は本放送の74年には早過ぎる作品だった。結果、当時の中高生にむしろ受けてしまったわけだが、それは決して健全ではない。『ヤマト』を最も正しい心で受け止めることができるのは、77年の小学校中学年生だけなのだ。

本放送時に、おれは幼稚園児だった。『ヤマト』を見てはいなかったが、それがテレビでやってることは知っていた。住んでいた家のお向かいに同い年の男の子がいて、彼が『ヤマト』を見ていたのだ。

彼はいつも、「『ヤマト』おもしろいよ。見なよ」とおれに言っていた。彼には確か何歳か上の兄がいたから、その兄貴が『ヤマト』に熱中していたのではないだろうか。おれにしきりに勧めてきたのは、その影響だったのかもしれない。

けれどもおれは、そのたび気のない返事をしていた。とうとう『ヤマト』を見ることはなく、小学校二年のときに家が引っ越すことになって、彼とは離れ離れになった。

で、翌年にヤマトブームだ。それで初めて『ヤマト』をちゃんと見たわけだが、たぶんそれでよかったと思う。当時一緒に『ヤマト』に夢中になったなかに、やはりおれと同い年の従兄弟がいた。六年の冬、『ヤマト3』を見るのを途中でやめたと言うと、彼は「あんなに好きだったのにどうして」と咎めるような口調で言った。

おれは、「だってあんなの、もう見れたもんじゃないだろう」とかなんとか答えたと思う。その従兄弟と『ヤマト』の話をするのはそれが最後になった。

そのおれが、どういうわけか今こんなのを書いている。なんで今更『ヤマト』なのか、書いてどうしようというのか、自分でもまるでわからないんだけどな。


(付記:この日誌では一度公開したログに誤字脱字の修正以外の変更は行わない。必要と思う頁にはこのように付記を添えるものとする)

(付記2:『敵中横断二九六千光年』は、当初は『宇宙戦艦ヤマト:絶望の中の希望』という題だった。)



作品名:ヤマト航海日誌 作家名:島田信之