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短編集『ホッとする話』

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 南から春を告げる桜前線は僕の住む地区の上を今まさに通っている。山も、町の通りも満開の桜が春の訪れを知らせては新しい一年の始まりを祝福している。

 進学することのできなかった僕は、予備校通いとなった。憧れの大学が予備校までの通う電車の車窓から見える、僕はそれを通りこした先に予備校は、ある。恨めしいとは思わない、それを臥薪嘗胆と考えて来年の再起を賭けた。

 今日は予備校の授業も昼間で終わり、帰りの電車を待っていると携帯にメールが入っていた。僕はその送り主を確認したら大学に入学した彼女からだ。
「今日は昼までなんでしょ?だったら大学まで寄り道してきてよ」
僕は彼女からの連絡に嬉しくなった即座に返信をした。あの時以来彼女の方から来ることがめっきり減ったメール。僕が受験に失敗したことに負い目を感じているのを気遣ってくれているのだろう。それだけでも僕は元気をもらうことが出来た。
「今から向かいます」
 送信ボタンを押して僕は予備校の前にある桜の気にタッチして駅へと小走りで向かって行った。 

   * * *

 不合格の宣告からおよそ一月が経った今日、僕は再びこの大学の門を通ってこの場所に帰ってきた。あの時咲いてくれなかった桜の蕾は満開のピンクとなってキャンパスライフを謳歌する学生たちに文字通りの花を添えている。ここにいる当事者たちはさぞかし楽しいのだろう、ここにいる学生たちは冬の桜と同様に、長く、暗い不安と言う受験勉強のトンネルを通って来た、それをを謳歌するだけの資格があるのだから。

 僕はキャンパス内の桜並木を終点に向けてまっすぐ歩いていた、終点の広場には彼女が待っている。あれからお互い環境が変わって忙しいのでまともに会っていない。大学生活を始めた彼女、予備校通いになった僕、負い目を感じているのは否定しないがここは対等な気持ちで接していこう、自分自身と申し合わせて重いとも軽いともいえる足を前に進めた。

「石本くん……」
 広場の真ん中の桜の木の下。彼女は僕を見つけて声を掛けた。最後に会った時からあまり変わっていないけど、服装や化粧が少し大人びた感じがする。それもそうだ、彼女だってこの大学に入るため多くのことを封印して今日と言う日を迎えているんだ。何の用意もしていない僕は最初に申し合わせていたことなど忘れて、彼女の見た目に早速負い目を感じた。
「久しぶりです――」
 自分でも分かるけど言葉がぎこちない。本当は会えて嬉しいのに、何を言ったらいいかわからない。
 
 そして僕は彼女の顔を見た。彼女はうつむき加減で僕に目を合わそうとしない、次に発せられた一言で僕の気持ちは一瞬でどん底に落ちたことを知らされたのだ。

   「さようなら」

 理由は聞かなかった、というより聞かなくてもだいたいわかった。彼女の見た感じの変化はそういうことだったのだ。僕はどうにもできない自分の無力さが悔しかった。僕はこみ上げる感情を最大限に抑えて彼女に一言、
「ああ、さようなら」
それだけを言い残して満開の桜並木に背を向けて正門の方へ歩き出した。もう、二度とここへ来ることはないだろう――、そう思いながら。

「桜なんか散ってしまえ!桜なんか大嫌いだ!」
 僕は桜並木を抜けたと同時にそれまで抑えていた感情が抑えられなくなり、周囲も気にせず一気に放出した。