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短編集『ホッとする話』

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 地元に帰っても回転寿司にはよく行く。いつもおいしくいただいている。一人で行くよりも、家族と、友人と、複数で行くとなおさらいい。だけど、あれ以来あのネタはお目にかかっていない。似たような種類のネタはあるにはあるが、それはあの時本当に美味しいと思った味ではなかったと舌が答える。確かに美味しいものであるが、あの時のそれではなかった。
 それでも、いつかお目にかかることがあるかもしれなけど僕はそれを探そうとは思っていない。あの時と比べたら今の生活は充実しているが、飛び切り良いことがあるわけでもない平凡で、まったりとした毎日だ。善悪の振り子でたとえるならばほとんど振れていない状態といえよう。だから、もしたった今そのネタを食べたとしてもあの時とは違う味がするだろう、僕はそう思っている。
 だから一日一日を精一杯に過ごしていればいつか出会えるだろう。これからの毎日が平坦であるとは限らない、ひょっとしたらまた不慣れな地域に飛ばされるかもしれない、または身の回りで良くないことが起こるかもしれない。でも、それは自分の運命の先にあることであって、いずれは通らなければならないものだろうと考える。そして、その先にはあの時食べたような忘れられない味があるかもしれない、いや、あるだろう。

 地元に帰って以来、三年間世話になったあの町には行っていない。今年あの町を離れて10年になる、たまたま機会がなかったといえばそうだろうし、日々の生活の中であの時の記憶が薄れていったといっても間違いではない。
 だけど、今年はそこを訪ねてみよう、ふと僕は思った。それを妻に話すと
「食事はあの寿司屋にしましょうか」
と返事が帰ってきた。あの時は出たいと思って出てきた町だったが、一度戻ってみようと思うようになった自分が少しだけ嬉しかった――。