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短編集『ホッとする話』

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   ・ ・ ・

 見えないプレッシャーに押し込まれそうなそんな休日の午後、私は一人しかいない家の居間で勉強していると、めったに鳴ることのない呼び鈴がなったかと思うと、続いてトトトンと私には分かるリズムで戸を叩く音が聞こえたので私は手を止めて玄関の戸を開けた。

「悠里」
「お姉ちゃん」
 訪ねてきたのは嫁いでから近所に住んでいる11歳年上の姉、西守朱音とその後ろで眠っている甥の聖郷を抱いた義兄の篤信兄ちゃんが立っていた。
「勉強、頑張ってる?」
「まぁ、そこそこに……」
姉夫婦は私の表情を見て、顔で思った通りだと言わんばかりの反応を見せた。
「激励にきたよ」 
と篤信兄ちゃんがまだおはなしができない聖郷に変わって言うと、私は思わずありがとうねと言って、渡された甥の小さな体を抱きかかえ、一家を家に招き入れた。

   ・ ・ ・

 小さな会社を切り盛りする母は仕事で家を空けることが多く、つまりは私一人になることが多い。それと、一人でいることが頗る苦手なことを知っているお姉ちゃんは度々家を訪ねてくるし、私自身が姉宅に居候させてもらうこともよくある。年の差もあるけれど、昔も今も姉というより母に近い存在であることには変わりがない。

 一通りのあいさつと雑談の間が切れると、お姉ちゃんは聖郷の授乳で奥にある私の部屋に入ってしまうと居間は私と篤信兄ちゃんの二人となった。
「まあまあ、そんな焦らなくても大丈夫だよ」
篤信兄ちゃんは、食卓の上に大雑把に広がったノートや教科書の一群に紛れた私の模擬試験の結果を見ながらそう励ましてくれる。
「そうなんかなぁ……」

 ウソをつくどころか、冗談さえもめったに言わない人柄が言うのだから言葉を信じていいのだろうけど、いろんなことで気が散って素直に受け入れられない自分が嫌いだ。
「なんで、そう思わないの?」
「だってさ、お姉ちゃんは篤信兄ちゃんの熱血指導があったけど、私にはそれも伸びしろもないもん」
 記憶を戻すこと10年。お姉ちゃんに勉強を教えた「とんでもなく賢い幼なじみ」とは、今私の眼前にいる篤信兄ちゃんのことだ。ひと回り年上の義兄は私の知っている身近な人の中では一番賢くて、現在は勤務医として人の役に立っている。

 後でわかったことだけど、お姉ちゃんは私と違って外国育ちだから高校にあまりこだわりはなかったみたいだったところを、学年で言うと2つ上の篤信兄ちゃんがお姉ちゃんを後輩にしたいがために愛のある、時には鬼の指導をした結果実現、倉泉家での高校受験のハードルが走り高跳びに変わってしまったのだ。そこでよせばいいのに、5つ上のお兄ちゃんもそれに続いちゃったものだから走り高跳びは棒高跳びになり、妹の私には大きな重圧になって現在に至っている。

 お姉ちゃんとちがって今の私には身近にそんな指導者がいない。素の頭では姉に勝っているとは全く思わない。さらに、同じきょうだいなのに私は日本育ちで英語は環境があった程度で姉ほどのベースがない。

 私は重ねて思うけどそんな姉に嫉妬していた。

 でも、お姉ちゃんは私を心配してくれているのは言葉になくてもよく分かる。10年前と今では環境が全く違うけど、私に対する姉の母性は今も昔も変わらない。見えない期待は感じるのだけど、これといった手応えがない。それだけに姉の気持ちは嬉しいと同時に重くなる時がある。

「悠里ちゃんは、何か勘違いしてない?」
「何が?」
 目の前の篤信兄ちゃんはそう言いながら私の顔を見て笑った。まるで職業柄私を診察するような様子で何かを感じ取っているみたいに。
「悠里ちゃんから見たら朱音ちゃんは大きな存在に見えるだろうけど、二人はドングリの背比べだよ」
「え、そうなん?」

 私たち姉妹を身近に見ている義兄の、私には見づらい客観的な見解に思わず返事のトーンが上がった。
「朱音ちゃんは確かに英語は問題ないけど、あの頃は日本語の訳に違和感感じることはよくあったよ。確かに良く出来てたけど安定はしてなかったしね」
 帰国子女ゆえに、当たり前のことが抜けていたり日本語で理解をしなければならない場面が多く、姉なりに苦労をしたと言いたいみたい。
「それと、きょうだいでは一番上というプレッシャーがあったんやで」
 3人きょうだいの末っ子の私はそれに反論することは絶対にできなかった。それはひとりっ子の篤信兄ちゃんも同じで、お互いに共通する頭の中の一部分にその言葉の意味の重さが届いた感じがした。
 
 篤信兄ちゃんの言葉に、私は妹からみたらしっかりしている姉の姿に違った一面があることを教えられたような気になった。
「逆に悠里ちゃんにはお姉ちゃんやお兄ちゃんといった大きな味方がいるやんか」
 続けてそう言われるとふわつきかけた自分の気持ちをキャッチされたみたいに私はハッとした。

 私はそこで考えた。お姉ちゃんは一番上のきょうだいとして未知のプレッシャーに立ち向かっていた。それと違い私にはすぐそばに道を拓けてくれたきょうだいたちがいるじゃないか。
「結局はトントンなのかな?」
「僕は、そうだと思うよ」
 篤信兄ちゃんが大きく頷いたのを見て、私は出された質問のをキレイに返せたと思った。
「朱音ちゃんは『弟と妹には不細工な姿は見せられへんから』ってのが口癖でね、上の子なりのプレッシャーはあったんやで」

 二人で笑っていると、目を覚ました聖郷を抱っこしたお姉ちゃんが戻ってきた。
「何か楽しそうやね?」
私が大きく首を縦に振ると、小さな聖郷が声を出して笑い出した。 

「悠里はこれから大変な時期やけど、強力な先輩がここにいるから」
 お姉ちゃんは横にいる篤信兄ちゃんの肩を叩いた。
「そう。時間がある限り、僕は悠里ちゃんの味方やから、悠里ちゃんの言う『熱血指導』で」
「よろしくお願いします、篤信先生」

 私はいろんな人に支えられている。さっきまで持っていた姉に対する嫉妬はいつの間にやら消えてなくなっていた――。