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短編集『ホッとする話』

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 答えが分からないまま時間だけが過ぎ、秋も終わりに近づき朝になると冬の気配が着々と近づいてき始めた。朝は冷え込み陽は短くなってきた。
 そんな天気の良い日曜日の朝、一番最後に起きてきた悟はリビングでテレビを見ている子どもたちに元気よくおはようを言うと
「テレビ終わったら出掛けようか」
と言って子どもたちをこちらに振り向かせた。
「え、ホントに?」
「やった、やったあ」
 喜んで父に飛びつく花梨と翔太。二人は父とはたまにしか遊べないから、父からの申し出にはしゃいでいる。
「で、どこ行くの?お父さん」
娘の質問に悟は腕を組んでゆっくりと答えた
「じいちゃんとこ」
「何のことかは分からないけど、『直接見においで』ってよって言うから連れてってあげるよ」
と言うと子どもたちは「赤になったのかも!」と言って大はしゃぎして日頃言うことを聞かないのにせっせとお出掛けの準備をしはじめた
「あなた、何のことか分かったの?」
彩子は夫に質問するが、
「さあ。でも、行けば分かるんじゃないか。来なよって言ってんだから」
と笑いながら悟は答え、顔色をうかがえることなくそそくさと車庫のほうへ行ってしまった。

   * * *

 車で1時間、途中で合流した巌夫を乗せて車は山裾の公園へ、車を止めるなり花梨と翔太は巌夫の腕を引っ張って公園の奥の方へと駆けて行った。
「おじいちゃん、赤になってるよ」
「二人とも、よかったのう。ヨシ、渡っていいぞ」
 悟と彩子は後を追って公園に入りゆっくりと歩きながら、橋の手前でやり取りをする声がここからでも聞こえてくる。二人は大はしゃぎしたかと思うと二人の姿は橋を渡り鳥居の向こうの石階段、両脇の木々に紛れて見えなくなって行った。

 彩子は遅れて橋の手前で巌夫に追いつくと、今まで子どもたちに秘密にされていたものの正体が橋の両脇に門番のように立つ木を見て昔の記憶と合致した。
「ああ、『赤になったら……』」ってこのことだったんですか」
「はっはっは」巌夫は腰に手を当てて笑い出した。「すまんのう、彩子さん。花梨たちを喜ばそうと思って黙ってたんじゃ。秘密にしておいたほうが楽しいじゃろ?」
 橋の両側、入口を示すように立っているカエデの木。橋のこちら側も向こう側も、葉は燃えるように真っ赤になっている。
「そういうことだね」
後ろから悟が彩子の肩を叩いた。
「あなた、知ってたんですか?」
「まあまあ、いいじゃないか」悟は笑いながら続ける「昨日親父から電話あった時にピンときた。俺も小さい時は妹とそんな話をしたよ。子どもたちって秘密を持ってることが楽しいだろ?」
顔をもみじのように紅くして膨れっ面をする彩子。肩に乗った夫の手がぽんぽんと動くと次第に色が解けて行き、山間から来る風が顔を撫でると笑顔に変わっていた。

 赤い鳥居をくぐり、木々に囲まれ延々と続く石階段を上りきったところにあるのは本殿の鳥居と本殿の周囲を囲む赤一色のカエデの木。神社の鳥居の色がわからないほどに、山の頂だけが赤く色を染めている。今日は境内でこの時期ならではの祭りが行われるのだ。
 本殿の横の広場では紅白の暖簾に囲まれた一団が鍋を囲んでカエデの葉っぱに衣をつけてせっせと鍋に入れて揚げている。
「彩子さん、こっちこっち」
手招きするのは悟の母。 子どもたちはさっき階段をかけ上がった疲れなど全く気にならない様子で義母のもとへ走っていき、早速箸を持って紅葉の葉っぱが揚がるのを今か今かと待っている。

「花梨たちに教えてやったんじゃ『赤になったら』美味しいもの食べさせてやるって」
 彩子は思い出した。今日はこの神社で毎年行われる『もみじ祭り』の日だった。結婚をした年のこの時期、巌夫たちに催促されてここへ来てモミジの天ぷらをいっぱいご馳走になったこと、そしてその温かさがとても嬉しかったことを。
 彩子は階段を上りながら初めてここに来た時から今までのことを振り返っていた。そしてあれから花梨と翔太が生まれ、子育てと仕事に忙殺されて以来ここへ来ることがなかく、再びここへ来るまでこの祭りがあったことが頭の奥のほうにしまわれていたこと――。彩子は階段を上りきると眼前に広がる紅一色の景色に荒くなった息が自然に穏やかになっていくのが感じられた。
「いい、季節ですね」
 彩子は促されて、敷かれたゴザの上に腰を下ろした。
「そうじゃな」巌夫は孫の横に座ると回されて来た箸と皿を彩子に差し出す「ほれ、彩子さんもどうじゃ?」
「――ありがとう、ございます」
彩子は箸と皿をとるとすぐさま揚げたての天ぷらが皿に盛られた。ここにいるみんなが笑っている。小さな山の上の小さな神社の境内は、その日は笑い声がいつまでも続いた――。

   『赤になったら』  おわり