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ihatov88の徒然日記

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29 甲子園に想う 8.12


 甲子園の出身でございます。といいましても高校球児だったわけではありません、ただ近くに住んでいただけです。小学校5年生のころ、そうですね、阪神が優勝した年といえばお分かりでしょうか?昭和60年です。その頃から結婚して独立するまで甲子園、トコロ番地でいえば兵庫県西宮市に住んでました。中学、高校、大学と西宮市内にありました。もっとも高校なんかは日本一甲子園球場に近いところにありました。球場から1kmもないところにあります。

 そんな西宮市民だからこそ甲子園の恩恵にあずかれることが、あります。
 市内の中学生(市立のみですが)は年に一度甲子園球場で合同の運動会をします。一年に一度は甲子園の土を踏めるんです。野球をしていない学生もそれはそれで良い経験になります。
 それともうひとつ。夏の高校野球の兵庫県予選では4回戦の3試合くらいでしょうか、なんと甲子園球場で行われることがあります。地元ならではというところですが、そして、甲子園に出場したことがない日本一甲子園に近いわが母校は20余年前、ちょうど私が高校2年生の時に甲子園で試合をしたことがあるのです、後にも先にも1回だけ。
 夏休みの補修を終えた学生のほとんどが甲子園に足を運んだと思います。スタンドにはほとんど全校生徒が観戦していました。結果は優勝候補の相手チームを見事延長戦で制して勝利。球場は歓喜の渦にあふれかえったことが今でも懐かしく思い出されます。予選ではありましたが甲子園球場で歌われる校歌というのはなんとも感慨深かったことを覚えています。
 夏が来るたびに甲子園は日本の方々からやってきた高校生たちで賑わいます。みんな厳しい練習に耐え抜きやっとつかんだ切符を手にして来た者たちです。最後まで残っても2週間ほどの夏ですが、みんな爽やかですがすがしいなといつも思います。ひと夏の物語を一生の思い出にしてほしいと願っております。

   * * *

 ところで、甲子園球場はことしで90周年を迎えるそうです。地元の人間として甲子園球場についてちょっと調べてみました。
 甲子園球場といって思いつくのはなんでしょうか?現在では阪神タイガースのホームグラウンドであると思いつく方は多いと思います。しかし、阪神タイガースは球団創立90年も経っていないのです。ということは甲子園球場のほうが先に建っていたということになります。
 
 そもそも、甲子園球場は総合的な運動施設を作るのが目的だったそうで、当初は「全国中学校野球大会(現在の高校ですね)」の主会場とするために建てられたものなのだそうです。ということは、高校球児の聖地=甲子園、という図式はそのころから成り立っているわけです。栄えある第一回大会がここ甲子園で行われ、戦時中の中断こそありましたが、高校(中学)野球の全国大会は甲子園で行われていたのです。
 地元の人間なのに知りませんでした。甲子園は高校球児のためにある施設なんですね。だから春夏と大会のときは阪神タイガースも甲子園を空けます。使用者に関していえば阪神よりも高校球児のほうが先輩なんですから。
 それと、大学のアメリカンフットボールの全国大会決勝も甲子園で行われます。「甲子園ボウル」という名称がついています。これも毎年年末にたったの一試合だけが行われる試合に多くの人で賑わいます、全国の学生アメフト選手が目指すのも甲子園なんです。学生スポーツの全国大会が「甲子園」と呼ばれるのはここから来ているのでしょう。母校の高校が甲子園に出場するのは現状厳しいですが、これに関しては母校の大学が出場することがよくあるのでその年は甲子園に足を運びます。
 愛校心、郷土愛、地元の団結etc…甲子園というところは、そういった自分が育ってきた学校や地域のよさを再確認したり、地元に感謝をしたり、日常から離れかけていた故郷に目を向けるよう促してくれる機能があるんじゃないかなと個人的に思います。
 
 甲子園は今、暑くて熱い試合が繰り広げられておりますが、一人ひとりにドラマがあってひたむきに白球を追いかける球児たちには毎年感動させられます。悔いの残らないように最後の最後まで頑張ってください、選手たちはもちろん裏方の皆さんも応援される皆さんも。

作品名:ihatov88の徒然日記 作家名:八馬八朔