Bhikkhugatika
当て逃げ
車の当て逃げ。およそ今日的人間関係を象徴するこの一事象。ここで逃げた彼は、なぜ逃げたのか。何から逃げたのか。
彼は、彼の心において、当てた車の修理費の支払いから逃げただろう。それはただ金を払うか払わぬかだけのことではなくして、彼は、自分の行為の結果から逃げたか、車を当てたのを自分の行為と見なすことから逃げただろう。しかも彼は、当てた車に乗っている人間について、知ったことではないと思っただろう。
かような心象風景は、今日最もありふれた人間の日常的それといささかも変わるところがない。この見事なまでの素朴さで当世を生きる俗物は、その心においてすべての他者と敵対している。彼は、自分が宇宙にただひとり孤立していると思っている。彼はいつも怒っていて、怒りに任せて行為するために、車を当てるように、気づいたときには人々と衝突している。彼は、人々と衝突しても、それが自分の行為による結果ではなくして、ひとえに相手のせいであると見なす。しかも彼は、他人のことなど知ったことではないと思っている。
そこで彼は、当てては逃げながら、世間をうろつく。
作品名:Bhikkhugatika 作家名:RamaneyyaAsu