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愛道局

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 なかなか言葉が出ないと思ったら、寝てしまったらしい。皺の数が少なくなったような気もするが、老婆であることは隠しようもない。老婆になっても、迎えにくるのはきっと王子様にちがいない、と唐突に思いうかべその姿を想像してにやついていると、ドドドッという感じで林おばさんが入ってきて、「さあ、散歩の時間だわ」と、クローゼットからガウンを出してきて、老婆の掛けている薄い布団を剥いだ。それから幼児に語りかけるような言い方で「さあ、畑さーん、お散歩に行きましょうね」と上体を起こした。
「あのお、せっかく寝ているのに」と山本が言うと、おばさんはちらっと山本を見て、
「ちゃんと予定表があるんです」といいながら、老婆に素早くガウンを着せた。そして有無を言わさぬ顔で、老婆の両足を床に向けた。老婆は少し夢の続きなのか、なすがままになっている。
「はい、そっちの腕を支えて」と山本に言った。山本が腕を支えると同時に、おばさんは老婆を立たせた。
「畑さーん、玄関まで歩きますよう」とまるで遠くの人に話しかけるように言う。
 ほとんど足が自由にならないのだろうか、こんにゃくのような感じで立っている。
「はい、よーいしょ」と言うおばさんにつられたように老婆は少し足を動かした。
「もう、いいよ、ねてるよ」と老婆が言っている。おばさんは聞こえていないかのように、よいしょ、よいしょを繰り返している。山本もそれに従った。
「はい、もう少しよ、よいしょ」


 玄関が近づいてきた。さっき入ってきた時は無かった車椅子が玄関を占領していた。ドアは開放にされていた。狭いマンションの玄関では車椅子が中まで入れないのだ、それに段差もある。
「はい、畑さーん、乗ってね」
 老婆はダダをこねるように「ああ、足が、ああ無理ですよ」と抵抗している。おばさんは「さあ、あと一歩前へ」と支えていた老婆の身体を無理に車椅子に押し込もうとした。
「ああ、なにするの、いやだって言うのに」と老婆は車椅子のハンドル部分を握って必至に抵抗する。山本は見ていられなくなって「無理に連れてかなくてもいいんじゃないんですか」とおばさんに言う。
「外にも出ないといけないんです」と断定して、「乗ってしまえばおとなしいんです。はいあなたも、はい少し持ち上げて、はい」
 おばさんの勢いに押されて、山本は老婆の身体を少し持ち上げるようにした。観念したように手を離した身体は驚くほど軽く感じた。
「じゃあ、30分したら戻りますので、留守番お願いしますね」
 おばさんが、急に優しい言い方で言うので、山本は戸惑いながら、「あ、はいと」言った。
「いやだっていうのに」と老婆は車椅子におさまってから、一言だけ言ってあとは大人しくエレベーターに向かった。
 山本は部屋に戻り、ソファーに座るとふーっとため息をついた。これは介護というのだろうか。老婆の好きなようにさせてあげるとどうなるのだろう。介護プランには、される側の意思は繁栄されないのだろうか。色々な思いが頭をよぎる。そして妻が寝たきりになったら、自分はどうしただろうかと思う。長いこと闘病を続けていたから、当然介護の覚悟はしていたのだが、少しからだが不自由になったかなと思った頃、心臓マヒで逝ってしまった。山本は妻の顔を思い浮かべながら、いつの間にか眠りに落ちた。

作品名:愛道局 作家名:伊達梁川