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愛道局

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ヘルヘルパー



 やはり、いやでもボランティアは続けなくてはならないだろう。山本はそう思ったが、いやいやながらやるのもボランティアというのだろうかという思いが浮かんだが、その議題はすぐに却下した。
 土曜日の午後に、今度は寝たきりの老人がいる家へ派遣されるヘルパーの助手である。ヘルパーのヘルパー? 山本は勝手にヘルヘルパーという職名を自分につけた。住所をたよりに行き、マンションのブザーを押した。先に行ってますという打ち合わせ通り、四十代と思われるおばさんが顔を出した。
 「ああ、山本さんですね。どうぞ。あ、林ですよろしく」
 林と名乗るおばさんは、まるで自分の家にまねくように山本の前に立って歩く。お尻が桃からピーマンに変わりかけている。自分より年下のはずだが、数歳上に思えた。DKを通り過ぎ、開いたままの洋間に通された。
 窓際にベッドが置いてあり、転倒して怪我をしないようにか、深めのカーペットがしかれている。山本はベッドの脇に立っている男に気付いた。四十半ばかなと思えた男は、なぜか少し期待はずれのような顔をした。林おばさんが「私の手伝いをしてもらいます山本さんです」と紹介する。山本は「はじめまして」と言った。
「ああ、よろしく」と言うと、男は側においてあった黒いカバンを持って出て行った。
「行ってらっしゃい」と林おばさんが言うが、男は黙って出ていった。
「さて、私は洗濯を済ませてきますから、山本さんはお母さんのお相手をお願いしますね」
と言い、立ち去ろうとして、「あ、畑さん。さっきの人ね」とヒソヒソ声で言う。山本は、何事かと身構える。


「もう一人、手伝ってくれる人が来るんです、と私が言ったら、じゃあ少し待って挨拶をしてから仕事に出ますって、待ってたんですよ。それが、あははは」
 林おばさんは山本を軽くぶつような仕草をして、お腹を押さえながら笑った。山本は先ほどの男が畑さんで、どうやら自分のことを若い女性がくるかもしれないと期待していたことを知り、畑の表情の意味を理解した。それから部屋の隅を指して、「部屋にはトラブル防止のために、ビデオカメラがついていますからね」と言った。山本がみるとコンビニあるような防犯カメラがこちらを向いていた。
「じゃあ、お願いしますね」と言いながら、また声をひそめ「あの人、四〇過ぎているようですけどまだ独身なのよ」と言った。山本はそんなことは興味がないので、軽く頷いただけで済まそうとしたが、おばさんは山本が興味を示さないので「お客様のことは他人に喋っちゃいけないですからね」と少し偉そうな感じに言った。

「まだお迎えがこないかしら」
 急にベッドに寝ている老婆が喋ったので、山本はそちらを見た。丸い穏和そうな顔がそこにあった。よく見るとかなり皺が目立つ。林おばさんが、山本を押すようにして、部屋を出て行った。
 山本はベッドサイドのストールに座って、老婆に向かい合い「どこかに出掛けるんですか」と聞いた。
「あっちですよ」と老婆は少しだけ山本を見て、ふてくされたように天井を見て言う。


 この人も少し痴呆があるのだろうかと思って見ていると、その気持ちを見抜いたように
「ボケてはいませんよ。でもボケたほうがましね。もう何も一人で出来ないし」
 老婆の目尻に涙のようなものが見えた。山本はああそうかと思った。お迎えはレジャーに出掛ける訳ではなく、あの世であることを。生きたいと思っても死んでしまう人もいるし、死にたいと思っても死ねない人もいる。山本は何かを言おうとして、ふと思いついた言葉が出た。
「いつからお迎えを待ってるんですか」
 一瞬老婆が、あれっという顔をして山本を見た。今までそんなことを聞いたものはいないのだろう。
「いつって、あんた」と言いながら、言葉を探す老婆は、しばらくすると投げやりな感じで「もう、忘れたよ」と言った。
 山本は生きたくても生きられなかった妻のことが頭に浮かんだ。少し意地悪な思いも加わって、さらに問いかけた。
「誰が迎えにくるんでしょうね」
 老婆はまた山本の表情を観察するように見る。山本はにっこり微笑んでみた。老婆もすこしニヤッとした顔になったように山本は感じた。
「そりゃあ、じいさん、じゃないねえ、誰だろうね」
 老婆はこの話題が気に入ったようだ。天井を向いて色々な顔を思い浮かべているのだろう、表情がその度に変わっていると山本には見えた。

作品名:愛道局 作家名:伊達梁川