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数式使いの解答~第二章 雪と槍兵~

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「おお、よく来たのう。久しぶりじゃな、ローレンク」
 村の長老――今年で齢九十を越える老婆は、ローレンツとミリアにそう言った。
 彼女が腰掛けているのは、前後にゆらゆらと揺れる安楽椅子。その後ろには、暖炉にくべられた薪がチリチリと、パチリとたまに爆ぜる音を奏でて燃える。
 ここは、彼女の家の居間。テーブルの上のやんわりとした明かりが、ローレンツとミリア、長老の三人を照らしている。
「俺はローレンクじゃなくてローレンツだよ。長老さん、何回言ったら覚えてくれるんです?」
 苦笑しながらローレンツが返すと、
「そうじゃった、そうじゃった。それで、ローレント。今度はどんなようじゃ? 前は確か、……そうそう、この村が昔どんなところじゃったか聞きに来たんじゃったな」
 ローレンツの名前を覚えることはしないようだが、長老自身の記憶力は衰えていない。ローレンツが前回来たときの理由をキチンと覚えている。
「今回はですね、残念なお知らせを持って来たんです。実は、ロピタルがこの村に向かっていて、数日中に襲来することがわかったんです」
 ダランベール王の前で言った際、驚きに表情が変わった言葉だ。だが、この老婆はピクリとも反応しない。
「そうかい。そいつは大変だね。逃げたい人もおるじゃろう。村の中央の掲示板、ほれ、主も覚えておるじゃろう? あそこに貼り出しておこう。あそこなら皆、見るじゃろうて」
 まるで他人事のように言う老女に、
「おばあさんは逃げないんですか?」
 ミリアがそうたずねた。
 すると長老は、
「ああ。あたしゃ残るよ」
 短く、それだけ言った。
 どこか近寄りがたく、なにか壁を感じ、ミリアはそれ以上の言葉を紡ぐことができない。
 空気が固まりそうになる。だが、
「ところでローレンツよ。……そう怪訝そうな顔をするな。孫のシャノンと結婚すること、考えてくれたかのう?」
 老婆の言葉に驚愕し、赤面したローレンツは、
「長老! 茶化さないでください! 俺はまだそんな歳じゃないです」
「歳が足りておれば結婚も考えてくれるのかい。そいつはよかった。ああ、孫の貰い手が決まってくれてうれしいねえ」
「〜〜〜〜!」
 長老の言葉に反論したいが、言葉がでない。
「へー。ローレンツ君、付き合ってる娘がいるんだー」
 なぜか少しカタコトの言葉で話し出すミリア。
「いや、そうじゃなくて、長老が勝手に言ってるだけなんだ」
「おや、孫とのことは遊びだったのかい。なんて、惨い……」
 よよよ、と泣きまねまでする長老。
(……参ったな)
 板ばさみになっている割には、内心案外暢気なローレンツである。暢気なだけで、困っていることも事実間違いないのだが。
 そんな折、救いの声が横からかかった。
「お婆様、ローレンツさんが困っているじゃない」
 長老の孫娘、シャノンだ。
 地味で、目立ちこそしないが、目はパッチリとし、顔立ちも愛嬌がある。大人しく、淑やかな雰囲気を纏(まと)うが、快活さにも溢れている。雪の中でも力強く咲く花のような、可憐さをもった少女だ。
 彼女の言葉を聴いて少しは反省したのか、
「いやぁ、すまんのう。この歳になると孫の花嫁姿を早く見たくて堪らんのじゃ。堪忍しておくれ」
 と、長老は少々ばつが悪そうに言う。
「次からは勘弁願います」
 苦笑いでローレンツは言葉を返したが、すぐ横に座る少女の機嫌は変化がない。
 どこか気に食わないような、拗ねた表情のままだ。
 彼女の視線は台所からこちらへ歩む姿に注がれている。湯気のたつ鍋をミトンでつかみ、慣れた様子で運んでくるシャノン。
 ミリアは彼女の様子を眺め、さらに頭のてっぺんから足の先までジロジロと見回し、自分の姿に目を向け、はぁ、と一つ溜め息を吐いた。
 そして今度は横のローレンツをジト目で見つめ、彼がミリアの視線に気付いて頭の上に?を浮かべながらこちらに顔を向けると、またも溜め息を吐いた。
 その様子を何時からか見ていたようで、シャノンは、ふふ、と微笑を漏らす。
 ミリアに、そちらも大変そうですね、と目配せをし、それを理解したミリアはボッという音を鳴らさんばかりに赤面した。
「シャノン、どうかしたのか?」
 何もわかっていないローレンツが尋ねると、
「いいえ、なにも? さて、今日は腕によりをかけて作ったので、たっぷり食べてくださいね。長旅でお疲れでしょうし、この村に滞在する間はうちでゆっくりしていただいてかまいませんから。そうでしょう、お婆様?」
 シャノンは祖母に確認すると、祖母は、うむ、と返す。
 ローレンツが、ありがとうございます、と礼を述べると、追従するようにミリアも言った。
 全員で食事をとり、風呂を済ませると床に就く。
 長い旅で疲労の溜まっていたミリアとローレンツは、あっという間に深い眠りへと落ちていった。