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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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便利屋“Weeds(ウィーヅ)”



 人は、『サラリーマン』と聞けばどんな職業をイメージするだろうか。抽象的に言うならば、その名詞が意味するところに当て嵌まる人間たちはいつも何をやっているのだろうか、だ。
 俺ならコンクリートの箱に詰めこまれて、有象無象の人間たちの中に紛れて、一日中黒いインクで書かれた直線と曲線、たまに円も含まれている複雑怪奇な暗号文を脳内で日本語に変換した後、その暗号文を解読してそれが意味することを黙考した結果、上司に頭を下げる。そして、営業回りという名の足腰を重点に置いたエクササイズをやらされて、腰から始まり、太もも、二の腕、顎下、頬が引きしまってワォ、見てよジョニー! アナタに命令された通り、営業回りしてたらこんな簡単にモデル体型になっちゃたワ! 結婚適齢期近いのに腹が出ててモテない社員、OLに持ってこいダネ! さぁあなたも営業回り生活でサクセース! みたいなことをやっているんだろうと幼い頃、俺はサラリーマンという言葉からそういう風に想像していた。
 そして今現在、実際にサラリーマンになってみて、幼かったあの日のサラリーマン像はあながち間違いじゃなかったと俺は思う。毎日書類とにらめっこしているわけだし、多種多様な人間が集まっている小っこい箱の中で書類と向き合っているわけだし、営業回りをやっているお陰でそこそこ良い体型を保っている。ついでに、今のところ彼女いない暦=年齢も保っている。
 しかし――おそらくだが、俺は普通の人が想像しているサラリーマン像とは少し違う仕事をしていると思うのだ。仕事というより、働き先の事業内容が、だ。
 俺は、『株式会社 便利屋Weeds(ウィーヅ)』の社員として働いている。
 便利屋――別名、何でも屋である。つまり何でもやるわけだ。あんなことから、こんなことまで、手とり足とり、何とり、あれとり、やきとり、やるわけだ。今晩、居酒屋でも寄るかな。
 雑念が俺の脳内の墨でわだかまっているので、踏み潰して蹴り落としておく。まぁ、というわけで、やっていることは一般的なサラリーマンの見解に逸しないであろうが、俺はそんな珍奇な会社に勤めているのだった。
 そして今日も、俺は書類を片付けにWeedsへ出勤する。
 ちなみに、Weedsとは雑草という意味だ。
 まさに、俺達にぴったりの名前だ。

       ◇

「もしもし、お電話変わりました、尾路山でございます……あーどうも! 田中さんですねー。いつもお世話になっておりまーす……ええ、ええ……そんな急に言われましても……ははっ、そんなそんな!……何だか、照れちゃいますねぇ……いえ、こちらこそ……え?……まったく寂しがり屋なんですね……ええ、ええ、……もちろんですよ……ははっ、心配しすぎだって……わかってる、もちろんだよ!……ああ、そうだね、うん、うん……わかった、わかったよ! 言うよ! 一回だけだぞ?……愛してるよ……」
 電話の相手は、黄色い声で何かを言っていたが、女性との関係に『引き』というものは大切である。俺は電話が破裂しかねない叫び声を無視して電話を切った。
「……お、尾路山さん」と、俺が電話を受話器に置いたの見計らって、先ほどからちらちらと横目で窺っていた隣のデスクに座る北島さんが俺の肩を突いた。「も、もしかして、愛人とかそういうのですか?」
「いや、普通にクレームだった」
「ええ!? クレームの対処でなぜあんな会話に!?」
「クレームって言っても、ほら、例のおばさん」
 と、俺が言うと、「ああ、あのおばさん……」と納得した仕草を見せる北島さん。先ほどの電話の主は、有ること無いことウチに電話してきては、文句を垂れ流す迷惑な人で、去年辺りから一週間置きに電話してきているのだ。『お世話になっておりまーす』とか言いながら、その実、何のお世話もされていなければ、逆に彼女のストレス発散のお世話をしているのだった。
「尾路山さんも大変ですねー。毎回、尾路山さんを指定してくるんですよね?」
「そうなんだよねぇ。何でだろう」
「まっ、頑張ってください! 尾路山さんのおかげで、私はストレス無く暮らしています」
 そう言って、朗らかに笑う北島さんは肌がツルツルで皺も無ければ、シミもない。
 そんな彼女――北島南という、北か南かどっちつかずな名前の俺と机を並べる彼女は三十歳飛んで一歳である。黒髪を首辺りまで伸ばしている。今はスーツに体を包みオフィスレディの型に収まっているが、休日になるとコスプレして街を闊歩しているというのだから、人間わからない。
 と、俺が北島さんの観察をしていると、給湯室から一人の女性がお茶をお盆に乗せて出てきた。
「みなさーん、お茶にしましょう」
 朗らかな笑みの零す彼女は、前田にゃん子さん。芸名とかペンネームとかでなく、本名がにゃん子だ。本当は仁夜誇と書いてにゃんこと読む当て字を生まれたときにつけられたそうなのだが、まるで暴走族みたいだということで、成人を機に平仮名に変更したのだそうだ。『にゃんこ』自体は気にいっているらしい。ボリュームのある栗色の髪をポニーテールにしているせいで、リスの印象を受ける。にゃん子なのに。そして彼女は二十歳になったばかりの若者だ。
「はーい、尾路山さんは苺牛乳でいいんですよね」
「おう、サンキュー」
 俺が甘ったるい香りが漂うピンク色の液体が入った湯のみを受け取ると、
「誠二君ったら、可愛らしいものを飲むのね」
 目の前のデスクに座る、大きくウェーブのかかった茶髪を腰まで伸ばした美女が声をかけてきた。
「柿枝さんは、今日も緑茶ですか」
「やだ、誠二さん。柿枝さんだなんて……ネネって呼・ん・で」
「いや、あんた柿枝『このみ』でしょう」どこにネネの要素だあるというんだ。
 冗談よ、と艶っぽく笑う柿枝さんは元スナックのママだとかなんだとか。社長がスナックで働く柿枝さんを口説き落としたとかっていう話を社長の口から聞いたのだが、間違いなく嘘なのでここに就職した理由は不明だ。そして年齢も不詳。
 にゃん子さんは俺に北島さんのお茶を渡すと、柿枝さんの後ろ通って、柿枝さんの横に座る男性の前にお茶を置いた。
「オウ、ありがとよー! お礼と言っちゃあなんだが、今度デートしようぜぇ!」
「お茶熱いので気をつけてくださいね」
 にゃん子さんに華麗にスルーされた彼は、伊田聡介君。金髪モヒカンで、まだ二十台前半のピチピチ野朗である。高校を卒業してすぐにこの会社に就職したため、一応この会社の中ではベテランだ。そして彼と俺は、この会社の同期だったりする。
 今現在、オフィスには俺も含めて五人しかいないが、全員集まると七人になる。にゃん子さんは不在の二席にも、律儀にもお茶を置いて、北島さんの横の自分の席に座った。
「それにしても、暇っすねー」と伊田君。
「俺は暇じゃないけどな」と俺。俺はこの会社の会計を担当しているため、出張要因の彼ら彼女らとは違い、いつでも忙しい。「伊田君も、やるかい? 楽しいよ」
「そんな魂が抜けているかのような無気力ぶりで言われても」
「でもさ、仕事ないのはやばいですよね。今月ってまだ一件しか仕事来てないですよ」