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203号室 尾路山誠二『アインシュタイン・ハイツ』

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PM12:30



 調査対象はレースゲームで一時間ほど友人と対戦したらしいのだが、牛丼屋の時も然り、この場合も真似る必要性を感じられないため、俺とにゃん子さんはぶらぶらとフロアを回って、目についた自分達でもできそうなゲームをして時間を潰すことにした。
 ――が、気がつけば、あっという間に次の行動開始時間が迫っていたのだった。
「……あのー尾路山さん、そろそろお昼ごはん食べに行きませんか?」
「ああ、もうそんな時間か」 
 チャリーンと音が鳴って筐体の中のクレーンがピカピカと光を放った。何となくほうれん草を食ったポパイを思い出した。
「なんで、コイン入れたんですか……」
「いや、ほら! あれだよ! あれ! 手が滑ったんだよ!」
「はぁ……」
「あっ、いや、あのさ………………もうちょい! もうちょい待って! 後一回! 後一回だけ!」
「その台詞、もう十四回目ですよ」
 にゃん子さんが呆れ気味に微笑している。が、しかし俺の目には目の前の可愛い子ちゃんに釘付けで気づくはずもなかった。
 ――そう、透明なガラスケースの中にはライトに照らし出されて垂れ目のパンダがグデーとダルそうに寝そべっているのだ。
 ダレパンダだ。あの絶望しきったような目つきに、危ない薬にでも手を出したのか舌がだらりと口からはみ出ていて、体は細菌兵器に蝕まれているのだろうかと思えるほどドロドロの姿形をしている。
 実に精神の奥を麻酔を指したのちにぐりぐりと強くツボを着くが如くの意味不明なフォルムだ。こんな時間もここに足止めされているのは、ヤツがさっさとクレーンに引っ掛かってくれないからだ。俺のせいではないのだ。
「よし……行けっ……ふっ、ふっふぬぅ……ぁあ”あ”あああッッ!! なぜだ、なぜ引っ掛からない!!」
 俺の怒声に横切ったカップルが珍獣でも見るかのような表情をしていたが、悔しさに涙しそうな俺に気づく余地はなかった。
 もう何度目かの挑戦で失敗しうな垂れていると、横からにゃん子さんが中のぬいぐるみに指差した。
「尾路山さん、あれは引っ掛けるより端っこをアームで擦ったほうがいいですよ」
「えっ、何だいその玄人っぽいアドバイス」
「こう見えても、私クレーンゲームの達人ですから。家の自分の部屋なんかゲーセンで取ったぬいぐるみだらけですよ」
 腰に手を当ててふんと鼻を鳴らす彼女を見ると、『こう見えても』というより『見た目どおり』といった感じだ。いい趣味をしている。今度彼女の家にお邪魔したいところだ。そうしたらもれなく伊田君が着いてきそうだけど。
「さっ尾路山さん、そろそろ調査対象が動いた時間ですよ」
「……後一回」
「十五回目です」律儀に嫌味にカウントを取るにゃん子さん。しかしふっと微笑むと、「仕方ありません、私が取ってあげましょう」
「えっ本当に? ……いやいや、そんなうまくいかないでしょ」
「まぁ、見ててください」
 あまりにも自信満々に言うものだから、俺は思わずコインを一枚入れていた。
 一歩離れてお手並み拝見とふんぞり返っていると、彼女は手元のボタンが光るや否やそれを押し、ぬいぐるみの芯から大幅にずれたところでクレーンを止めた。
「お、おいおい、そりゃだめだろう」
「いえ、これでいいんです!」
 貰った! と言いたげに気迫のこもった笑顔を見せて彼女は横のボタンを押した。
 クレーンは奥へとスライドし、ぬいぐるみの上で止めると、
「なっ!? ええっ??」
「へっへーん! どうですか!」
 なんとクレーンのアームが台から取り出し口へと垂れていたぬいぐるみの頭を思いっきり引っ掛けて、ずり落ちた頭の自重で胴体も吸い込まれるように取り出し口へと落ちていった。
「す、すごいな! プロだな!!」
「ふっふーん! 何年やってると思ってるんですか!」
 いや知らんけど。でも、本当にすごいと思った。俺が何百円、いや何千円とかけたのに彼女は一発で取ってしまった。最初から言ってくれよと思わないでもないが、目当ての物が手に入ったから良しとしよう。
 取り出し口からダレパンダを取り出して、ご対面! いやぁ、グロいなぁ! でもこれがいいんだよなぁ
。あまりにも可愛らしいやつだと、オッサンには似合わないだろうし。だからといって、可愛らしいものが嫌いなはずがなく、煮豆しばのクッションも今すぐににゃん子さんに取って貰いたかったりするが……あーそれは我慢しよう。大人の貫禄をギリギリの一線で守る。いや、もう手遅れか……?
「それじゃあ、お昼食べに行きましょう。えーっと、この建物の地下一階のファミレスで対象は食べたようですね。友人も一緒と書かれているので、私も行きますからね」
「了解了解」
 先に歩き始めたにゃん子さんに続くべく歩き始めたのだが、未練があって煮豆しばのクッションが入れられている筐体に振り向いた。それは見納めしとこうという些細な気持ちからの行動だったのだが、
「っ!!」
 思わず、たたらを踏んでしまった。
 煮豆しばのいる筐体のさらに向こう側から透明なガラス越しに、伊田君が血走った目に涙を浮かべて、さらにはハンカチに噛んで歯を食いしばって張り付くようにしてこちらを睨んでいた。
「い、伊田君……」
「………………ひぐっ」
 伊田君は俺と目が合ってから数秒後、涙を押さえるような声を上げてスーっと筐体から離れるとどこかへ消えてしまった。
「な、何だ?」
 伊田君の形相の恐ろしさのあまり、呆けてしまう。
 と、突然携帯が鳴り出す。メールの着信があったようだ。
 開くと、
『今度からゲロッチって呼んでやる』
 と書かれていた。送り主は、伊田君である。
 ……ゲロッチって、俺のこと、だよな……。よく丸腹からゲロ山とは言われていたが、ゲロッチって……。そんなににゃん子さんとの行動が羨ましかったのだろうか。頭の片隅では、これってデートっていうやつじゃないのか? と考えていたりもしたが、伊田君にもそう見えていたのかもしれない。
 とりあえず、今のは見逃しておこう。実際には調査対象に自身をさらすなどという大された行動はしなかったことだろうし……なにより、何ともいい難い罪悪感が……。