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プリンス・プレタポルテ

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6.アーネスト


 トマス・エドワード・ロレンスの『知恵の七柱』には彼がアカバ攻略の旅路において、砂漠の真ん中で水浴びをする爽快感を綿々と綴ったパラグラフが存在する。焼け付く灼熱の太陽の下、広大な砂丘の谷間にひっそりと佇むオアシス。棕櫚の木陰に身を隠したその清水は50度をゆうに越えるといわれる気温の中でも冷たさを失わず、目を潰し旅人を惑わす砂埃に穢されることもなく、澄んだ美しさで疲れ果てた人間を救う。道しるべさえない茫洋の中をさまよう兵の、ひと時の憩い。乾きひび割れた肌を無垢の水が伝い落ち、張り付いた全てを拭い去る瞬間は、何にも増して素晴らしいものであるのだろう。
 

 全てを洗い流すその一瞬を感じられたことなど、今まで皆無だ。
 アフリカロケではぬかるみでタイヤを取られるジープを押すシーンの撮影のため沼地に飛び込んだ途端、身体一面にびっしりと蛭が吸い付いた(あのくそったれ監督の台詞は覚えてる。「おまえの血を一滴でも飲んだら、奴らも死んで落ちるさ!」。そうとも、よく分かってるじゃないか。貴様も今までずっと蛭だったんだからな!)。インドで岸辺に置いた猟銃を左目、絡み合った木々の向こうにそびえ立つマハラジャの後宮を右目で睨み、光に輝く女の館にどうやって忍び込むか考えながら、緩やかな流れに逆らって泳いだガンジス川のどぶ臭さ。
 私は私を偽れない。触れる汚れは全て自らの身に同化し、その重みで身体は深く沈んでいく。どんなに激しいシャワーを浴び、高級な石鹸を使っても、私は穢れたまま。今もこうして、汚れ続けている。


 このホテルのシャワーは屋根上のタンクに頼りきっているせいで勢いもなく、錆臭さはごまかすことが出来ない。石鹸は持ってこなかった。シャボンの代わりに、もっといいものがある。水に冷やされ身を縮み上がらせるほどのクールな腕がホットな動きで蛇の如く私の胸に回され、背後からわき腹を擦っている。
「あなた、好きなのね」
 訛ったスペイン語にもすっかり慣れ、女のもたついた口調に苛立ちを感じることはない。
「何が?」
 シャワーヘッドを掴もうとして余りの頼りなさに躊躇する。女は―una mujerなんて失礼だ。イルダ。褐色の肌。黒曜石の瞳−頬を私の背にくっつけ、ため息を漏らす。
「キューバ人。アメリカ人の中には、馬鹿にする人もいるけど」
「別にそういう好みはないね」