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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 アイルランド人らしい濃い頭髪をポマードで固め、客席回りをしていたオーナーのオゥニー・マドゥンが、後ろを付いて回る黒人のボーイが恭しく捧げ持つトレーからグラスを取り、小さく掲げる。よく来たな、と親しげに肩を叩くのは、店の女には手を出すなという毎度の警告で、グレゴリオも真似をしてグラスを持ち上げる。満足して太った身体をゆすりながら、テーブルの間の狭い通路を泳ぐように通っていく彼の姿を見送り、グレゴリオは再びどこかの裕福な商店の奥方に向き直るのだ。彼女のものだけではない、きつい香水が幾つも混ざり、充満した人の熱気に溶け込む中、ずっと女の赤い爪とひび割れた指の皮膚を眺めていた。一際高く響くルイ・アームストロングのトランペットはもちろん生演奏で、足を鳴らし、観客になりきれば、ひっそり宥めている惨めさも上手くごまかすことが出来た。
 思い出せば思い出すほど、記憶は鮮明になり、胸にしみこむ。同時に自分の老いを確信させる追憶を、あのときのようにかき消そうとやっきにならず、受け入れることが出来るようになっただけでも、よいことなのだろうと呟くこの言葉もやはり慰めでしかない。
「元気にしてるのか」
「ああ。相変わらず手堅くやってる。ホテルも盛況だ」
「アーカンソーだったな」
「そう、ホットスプリングス」
 遠いホテルの屋上で光るライトは、革命軍のものか、政府軍のものか。
「また、近いうちに行くとするよ。あそこの温泉は良いって聞くから」
 自らの言葉が静かに部屋へ広がる。
 結局、世界は隔離されつづけていた。