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イカ×スルメ

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愛じゃない





「ふうん、ちゃんと来たんだね。偉いじゃないか。僕はてっきり、あの威勢のいいソフトイカがくるんだと思ってたのに」
「っ…」
「そうだもんねえ、あのソフトイカが来た日の次は、あは、君はもっと酷い目に遭うものね?スルメ」




「でも、それでも良かったんだよ?僕は君に前みたいに押し置きしたかったんだから」
「ご冗談を…!」
「冗談じゃないよ。僕は君が苦しみ悶える姿が好きだよ、僕に屈服するのを見るのが、たまんなく、好き。君だって、本当はそうなんだろ?ね、スルメ」
「ちがっ」
「嘘だ。聞いてたんだ、君とあのソフトイカの話。でもソフトイカは君のこと好きだったみたいだね。あはは!泣いちゃって、馬鹿みたいだった。笑いを堪えるの、大変だったんだから」


「だって、そうでしょ。加工品同士で笑っちゃう。そんなこと、許されると思ってんの?僕が許すと?あはは、ソフトイカはほんとに馬鹿な人」
「っ、彼のことを悪く言わないで下さい…」


「なんで?」
「いい子なんです。私のことを心配してくれて…気にかけてくれているだけなんです」
「で、何で彼のことを悪く言っちゃいけないの?そもそも、そんなのを僕に押し付けないでよ。それは君が見た彼。僕の見た彼は、馬鹿で、浅はかな、加工品。それだけじゃない、なんで怒るの?ね、実は彼のこと好きだったりするんでしょ」
「そんな…違いますっ!」


「図星だから、焦る。違う?」
「ちが、あ…っ、マイカさま!」
「あはは、アタリメなんて呼ばれて、馬鹿みたい。君はスルメ、縁起の悪い名の加工品。目を逸らしてはいけないよ、嘘を吐くなよ、僕に」
「嘘など、吐いていません!」
「じゃあ、何でそんなに必死なの?彼を庇うの?図星だからだろ?で、僕に嘘を吐いて…ひどいよね、嘘つきには、そう、お仕置きが必要だね?あの時と同じ押し置きをしよう」


「やめっ…やめてくださいッ!それだけは!」


「なんで?陸地で生活する乾物には、吸盤なんていらないでしょ?」
「ぐっ…あああああ!」
「あはは!面白いくらい、簡単にとれちゃうね!これ前とったとこでしょ?どうやってくっつけてたの?海苔かな?おもしろーい」
「いたっ…も、やめ…」


「あはは、これ、海に捨てようか」
「いや、やめ…!」
「そうしたら、もう海苔なんかじゃ誤魔化せなくなるね!僕と君の関係が、乾物たちに伝わるね。ねえ、とっても面白いね。君は白い目で見られる、居場所がなくなる。ソフトイカもホタルイカも、今に君を見捨てるだろうねえ!?」
「いやだ!やめて…っ、やめて下さい!」


「やめて欲しい?何でもいうこと聞く?」
「はいっ…き、聞きますからっ…お願い…返して…」
「じゃあ、ソフトイカを引き千切ってきて?」
「え…?」


「何でもするんでしょ?彼を千切ってさあ、ソフトサキイカにしてきてよ。そうしたら、君の吸盤を投げないでいてあげる。ね、簡単でしょ?」
「そんな…馬鹿な、そんなことは…できません…!」
「だって、別に好きじゃないんだし、いいんじゃん?硬さ的にも君が裂けないことはないし」
「できません、友達なんです…!」
「友達?ああ、友達のためならソフトイカだって喜んでソフトサキイカになってくれるんじゃない?だから」


パンッ!
乾いた音がはじけた。軟骨が震えた。
そして僕に怒鳴る彼を見た。彼は泣かない癖に、泣かない癖に、泣きそうな顔をしていた。


「いい加減になさい…っ!人を…イカを何だと思っているのですか…!」


それは彼が僕に始めてした説教だった。こんな風に人に…イカに言われたのは初めてで、僕は思わず軟骨に手を当てた。

ちりちりと痛む、これはなに?
よく分からないけど、痛いなあ。痛い、打つだなんて、ひどいじゃないか。痛みと同時に込みあがってきたのは怒り。真っ赤に燃える、怒り。


「ふーん…、ああ、そう。イカを何だと思ってる?イカさ。でも、君たちはイカを名乗る資格なんて、ないだろう?この加工品風情が!」
「ぐっ、あああっ!」


そしてブチブチブチ、と彼を引き裂く音がした。丸々、一本、吸盤をむしってやった。脆いなあ、だから、加工品って…馬鹿なんだよ。僕は、手にもった吸盤を全て海に放り投げた。彼はむしられた腕を押さえてその痛みに耐えていたが、僕には何も言わなかった。放り投げた吸盤を、惜しまなかった。なんで?なんで?そんなに、ソフトイカが大事なの?意味わかんないな。



意味わかんない。
つまんない。



僕はそのまま何も言わずに海に潜った。
僕が投げた彼の吸盤たちが水を吸って、ゆっくりゆっくり落ちていく。


そのうちの一つを手に持って、僕もゆっくりゆっくり落ちていった。
これは、嫉妬か。まさか。そんな醜い感情、僕が持ってるはずないじゃないか。







作品名:イカ×スルメ 作家名:笠井藤吾