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月も朧に

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荷物を持ちたくない彼は必死で菊之助に按摩が見えないようにする。
 
 こうして遊びながら花道を去っていく二人に、たくさんの掛け声が掛けられた。





 休む間もなく稲瀬川勢揃いの場である。
化粧を変え、衣装を変え、準備を整える。

「よし、みんな、あと一息だ。頑張るぞ」

 頭領の駄右衛門を演じる又蔵が一同に気合いを入れる。
皆はそれにこたえる。
 
「おう!」

 幕が開くとそこには浅葱幕(※9)。
それが切って落とされ、現れるのは稲瀬川の土手の景色。
 桜が満開である。

 花道から登場するのは盗賊五人組。
先頭から、弁天小僧菊之助、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸、日本駄右衛門。

 彼らは捕手から逃れて、稲瀬川で集ったのであった。
花道で台詞を五人でつなぎ、どこをどのように逃げてきたかを説明する。
 そこへ捕手たちがやって来て、彼らを捕縛しようとする。

 そこで五人組は一人ひとり名乗るのであった。
 
『問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠州浜松在。
十四の頃から親に放れ、身の生業も白浪の、沖を越えたる夜働き。
盗みはすれど非道はせず。人に情けを掛川から、金谷を掛けて宿々に、義賊と噂高札に、
廻る|配符のたらい越し《はいふのたらいごし》。
危ねえその身の境界《きょうげぇ》も、最早四十に人間の定めは僅か五十年。
六十余州に隠れのねえ、賊徒の張本。日本駄右衛門!』

「巽屋!」「お祖父さんそっくり!」

『さてその次は江ノ島の、岩本院の稚児あがり。普段着慣れし振袖から、髷も島田に由比が浜。
 打ち込む波にしっぽりと、女に化けて美人局。油断のならぬ小娘も、小袋坂に身の破れ。
 悪い浮き名も龍の口、土の牢へも二度三度。段々超える鳥居数、
八幡様の氏子にて、鎌倉無宿と肩書きも、島に育ってその名せえ。弁天小僧菊之助!』

「藤屋!」

『続いて次に控えしは、月の武蔵の江戸育ち。がきの時から手癖が悪く、抜け参りからぐれ出して、
旅を小股に西国を、廻って首尾も吉野山。まぶな仕事も大峰に、足をとめたる奈良の京。
 碁打といって寺々や豪家へ押込み盗んだる、|金が御嶽《かねがみたけ》の罪料は、|蹴抜の塔《けぬけのとう》の二重三重。
 重なる悪事に高飛びなし、あとを隠せし判官の、|お名前騙り《おなめえかたり》の忠信利平!』

「唐屋!」「若旦那!」

『またその次に連なるは、以前は武家の中小姓。故主のために切り取りも、鈍き刃の腰越えや。
 |砥上ヶ原《とがみがはら》に身の錆を、研ぎ直しても抜きかねる、盗み心の深みどり。
 |柳の都谷七郷《やなぎのみやこやつしちごう》、花水橋の切り取りから、今牛若と名も高く。
忍ぶ姿も人の目に、月影ケ谷《つきかげがやつ》、神輿ケ獄《みこしがたけ》。
今日ぞ命の明け方に、消ゆる間近き星月夜。その名も赤星十三郎!』

「三河屋!」

『さてどん尻に控えしは、磯風荒れぇ小ゆるぎの、|磯馴の松《そなれのまつ》の曲がりなり。
 人となったる浜育ち、仁義の道も白川の、夜舟に乗り込む舟盗人。
 波にきらめく稲妻の白刃で脅す人殺し。背負って立たれぬ罪科は、その身に重き虎ヶ石。
 悪事千里というからは、どうで終めぇは木の空と、覚悟はかねて|鴫立ち沢《しぎたつさわ》。
 しかし哀りゃあ身に知らぬ。念仏嫌れぇな、南郷力丸!』

「芳野屋!」「よくできました!」


 五人は名乗った後、捕り手たちとチャンチャンバラバラ。
それぞれが見得をきったところで、幕が引かれるのであった。
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(※1)イカ頭巾
もとは茶の|錣頭巾《しころずきん》。
後に歌舞伎役者の名前を取って宗十郎頭巾とも、鞍馬天狗頭巾とも、
形からイカ頭巾とも言われるように。

(※2)和事《わごと》
上方で発展したやわらかで優美な歌舞伎の演技のこと。
江戸で発展した荒事とは対照的。

(※3)|直しの柝《なおしのき》
芝居の開始を知らせるちょんちょんという音。

(※4)鳥屋揚幕《とやあげまく》
花道のつきあたりにある小部屋が鳥屋。
そこに掛けられてる幕のこと。
 普通のお芝居でも、チャリンというこの幕を開閉する音に反応して振り向いてるお客さんは、
歌舞伎ファンかもしれません。

(※5)捨て台詞
アドリブのこと

(※6)尻腰《しっこし》
意気地、根性のこと

(※7)音羽屋《おとわや》の
現実世界で音羽屋さん(尾上菊五郎家)と中村屋さん(中村勘九郎家)がやる時は「じいさんの」となり、
それ以外は「音羽屋の」となるそうです。
しかし、私は音羽屋さんでしか観たことが無いので、「音羽屋の」は聞いたことがありません。

(※8)たてんぼ
適当に分けて好きな方を取らせること。
江戸っ子は気が短かったようです。

(※9)浅葱幕《あさぎまく》
浅葱=ごく薄い藍色、もしくは薄い青緑
新選組の羽織の色。
ぱっと落とすので客席が「おぉ!」となるのですが、引っ掛かってうまく落ちず「あぁ……」となったのを見たことがあります。


作品名:月も朧に 作家名:喜世