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月も朧に

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〈08〉 御褒美?




 配役が決まってから、佐吉は必死に与えられた役である南郷力丸を全うした。
そのために、楽屋に入る時から家に帰るまで、上方言葉を封印した。

 行き帰りは永之助といつも一緒。
 それはまるで浜松屋の終わりの場面の稽古さながらであった。

 客はそれを見かけると喜んだ。

「……ほら、永さまよ」

「……ほんと。今日も吉さまと一緒。仲がいいわねぇ」

 しかしそんな黄色い声をよそに、佐吉は必死である。
上方言葉を出さぬよう。

 千秋楽の朝、二人の道行に割って入った者がいた。

「よ! 御両人! おはよう!」

「あ、利ちゃん。おはよう」

「おはようございます。利三兄さん」

 三人は一緒になって芝居小屋まで向かった。

「今日で終いだな。お永ちゃんの次の予定は?」

「三河屋さんのところです」

「吉ちゃんは?」

「藤右衛門兄さんと一緒」

「じゃあ、今度は三河屋の兄さんの方と一緒か」

「そう。初めてだから、緊張するよ。で、利ちゃんは?」

「俺は若旦那の仕事さ。仕入れで京の都まで。お義父さんについていかないといけない」

「そうか、大変だな」

 そこで突然利三は歩みを止めた。

「やっぱりなんか変だ」

「なにが?」

「普通に喋る吉ちゃんは、なんか変だ」

 とっさに永之助が反論した。

「はっきり言わないでください。兄さん必死なんですから」

「そうだ」

「でも吉ちゃんはやっぱ上方言葉のままの方がいい。一人ぐらい流暢に喋れる人いないと、与兵衛(※1)や忠兵衛(※2)が味気なくなる」

「やってみたいなぁ、両方……」

 父の吉左衛門と祖父の先代の吉左衛門、二人とも女殺油地獄の河内屋与兵衛と封印切の忠兵衛を得意としていた。
 舞台の袖で見た、父の与兵衛と忠兵衛ははっきりと覚えていた。  

「でも、新口村(※3)は藤屋さんのとこで掛けるとか言ってなかったか?」

「はい。藤右衛門兄さんが梅川で、お爺さまが忠兵衛です。観たかったのに!」

 むくれる永之助。
座組で一緒ならば稽古を見学できるが、今回は別。
 自分の稽古を削って見学になど行けるはずもない。

「よし、いつか一緒にやろうぜ、お永ちゃん」

「はい」

 永之助が余所見しながらそう言うと、
利三はムッとなった。
 それを見て佐吉はクスクス。

「その返事じゃ、俺とはやる気無いな?」

「だって兄さん、舞の稽古全然してないじゃないですか。こないだだって扇子で投扇興してたし……
ねぇ、佐吉兄さん」

「そうそう。上手いから驚いた」

「そりゃ若旦那だからなぁ」

「よ! 若旦那!」

 無駄話をしながら、彼らは楽屋へと向かったのだった。





 千秋楽。
満員御礼で無事に幕が下りた。
 主役を張った五人は、若手花形歌舞伎の主催者である藤右衛門と藤五郎に挨拶へ向かった。

 しかし、今、彼らはなぜか夜道を歩いているのであった。

「佐吉、あっちでは行ったかい?」

「はい。一通り」

 おぉと歓声が上がった。

「隅にはおけんなぁ」

「いやぁ、それほどでも…… でも、お父さん、なんで永之助も来るんです?」

 彼らは『ご褒美』と称し藤五郎に連れられ吉原へ向かっているその道中。
しかし、一行には永之助が当たり前のように居るのだ。
 吉原遊郭に女は入ることができない。それ以上に、遊郭という物は男の遊び場であって、
女には地獄のようなところでしかない。

 それなのになぜ彼女は付いてくるのだろうか?

「男ですから」

 にこっと笑ったその顔を見た佐吉は軽い眩暈を覚えた。
現時点で自分は婿候補第一位であり、彼女は将来の妻である。
 しかし、一度たりとも女の姿を観たことが無い。
 本当に女なのだろうかと日々疑問に思っていたが、さらにこの疑念が深まってしまった。

 藤五郎は笑った。

「佐吉、心配するな。仲のいい子が何人もいるんだよ。その子たちに会いに行くのさ」

「友達か」

「……秘密はきちんと守ってくれるからね」

 佐吉はその夜、初めて吉原に足を踏み入れた。



 そこは、この世とは思えない華やかな妖しい世界。
さまざまな格好の男が行き交い、赤い格子の奥に座っている女を品定め。
 きょろきょろ見ていると、又蔵が指をさした。
 
「佐吉、ほら、花魁道中だ」

「ほんまに外八文字(※4)や…… でも、内八文字(※5)のほうが上品やなぁ」

 妙な所に感心している彼を藤五郎は笑った。
 
「おいおい。どこを見てるんだ? 研究熱心なのも良いが、花魁の歩き方よりお顔を拝みなさい」

 言われるままに、彼は花魁の顔を観た。
しかし、彼の頭の中から芝居を追い出すことはできなかった。

『……宿へ帰るが、嫌になった』

「お前は次郎左衛門(※6)か」

 すかさず又造が突っ込んだ。
 
「いっぺんやってみたいわ」

「難しいだろうな。藤屋のお父さんでも、うちの父でも、まだやった事無いお役だからな」

「そうなんか?」

「あぁ。最後に観たのは、鈴屋のお兄さんの八橋に鳴海屋のお父さんの次郎左衛門だった。すごかったぞ」

「観たいなぁ……」





 花魁道中を見送り、一行はある店に入った。
暫く酒宴を楽しんだ後、藤五郎は自分の敵娼≪あいかた≫に相談を持ちかけた。

「佐吉の敵娼はどうしようか? いい子はいるかい?」

「さて……」

 彼女が答えを出す前に、永之助が即答した。

「吉野ねぇさんでお願いします」

「でも、あれはお前の……」

 『吉野』は永之助の敵娼だった。

「だって、ねぇさんは上方出です。兄さんの話聞きたいでしょうし。兄さんなら、悪いようにはしないと思います。
それに吉野と芳野屋っでいいじゃないですか」

「……そうかい?」

「はい。私は今日はお茶ひき(※7)の子たちと遊びますからお構いなく」

 藤五郎は小さくため息をついた。
娘は佐吉に恋愛感情を一切抱いていない。
 だからこそ、彼が吉原へ来ることに一歳難色を示さず、自分が姉とも慕う敵娼を佐吉に平気で引き合わせるのである。

「……先が思いやられるなぁ。佐吉、吉野でいいかい?」

「お父さんに従います」

「よし、じゃ、そうしようか。明日の朝、大門の前で待ち合わせだ、各自楽しみなさい」





 佐吉は別室で少し緊張しながら待っていた。
上方出の女、永之助が姉のように慕っているという女。
 興味があった。

「吉野でありんす……」 

 佐吉の前に件のその吉野が現れた。

「えっ…… お志乃ねぇちゃん!?」

 佐吉は彼女の顔を見たとたん、声を上げた。

「……バレたか」

 少しさみしそうな顔で、吉野ことお志乃はそれだけ言った。

「なんでこんなとこにおるんや!? 堺の米問屋の女将さんになったんとちゃうんか!?」

 彼女は幼馴染だった。
 歳は二つ上の少しお姉さんの幼馴染。
 最後に会ったのは、彼女が嫁入りすると挨拶に来た時だった。

「なったには、なった。でもなぁ…… 悪い人に嵌められたせいで店が潰れてな、借金背負って旦那さん、首括って死んでしもた。
借金余計増えてしもて、仕方ないから身売りしたんよ。で、流れ流れて吉原にってわけや」
作品名:月も朧に 作家名:喜世