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エイユウの話 ~春~

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「にしても、なんであんな他の男しか目に入らないような女に惚れたんだよ?」
 空気は、重たいまま止まってしまった。動いているのは二人の足だけだ。キースは自分の足元を見たまま、顔をあげようとしない。禁句だったと気付いたキサカは、つい彼から目を逃がして、おそるおそる謝った。
「悪ぃ」
「いいよ、キサカが悪いわけじゃない」
「いつの間にかだったから」と、キースはにこりと笑った。その笑い方が、キサカになお重く反省の念を抱かせる。こういうところの分別がつかない部分は、彼が最も欠点と感じるところだ。
 今度は何も言わずに、キースの金髪をくしゃくしゃと掻き乱した。おかげで彼の髪の毛は寝ていたときよりもぼさぼさになる。髪を直さずに、キースはキサカに尋ねた。
「キサカ、次、授業は?」
 キサカの作ってしまった居心地の悪い空気を、責任のない彼が払拭しようとしてくれているのがわかった。様々な思いが彼の中にあふれて、なんとも情けない感情だけが彼の胸の内にどっしりと居座る。彼はそれがばれないように、何も無い、ただ真っ白な廊下の果てに視線を向けた。
「ねぇよ。だからまた中庭だな」
「そっか」
 キサカの感情がばれたかどうかはわからない。彼等はただそんなやり取りだけして、さよならも言わずに二人は別れた。
作品名:エイユウの話 ~春~ 作家名:神田 諷