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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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「でも、事態は何も変わらない」
「心の支えにはなれると言ってるんだ」
何か言わなければ。息が苦しい気がする。
彼に向かって掌を向ける。
「はあ。ごめん、ごめんなさい」
シヨウは歩き出す。レンジェのように。そうしないとうまく頭が動いてくれないような気がするのだ。
「ごめんなさい。熱くなっていた。そのことは、本当に、私自身のことで、自分一人でどうにかしたいの。こればっかりは」
温度を感じない石のテーブルに手を付ける。頭を冷やすように考えていた。
時間が少しだけ経過する。
「わかった。それでこそ、君らしい」
顔を上げるとジイドはもう辞去しようとしていた。
「剣は今すぐ必要?」
「いえ、そんなことは・・・」
「ありがとう。じゃあ今度」
彼はさっさと歩いて行ってしまった。
先程払った手を見る。痛みは感じるが傷は無い。
確か、何かを考えていたがもう思い出せなかった。


仕事で比較的大きなミスを起こしてしまった。今思えば馬鹿な選択だとよくわかるのに、肝心の選択した時の精神状態を思い出せない。思い出せないくらい普通に選択してしまったのだろう、と振り返る。
後始末はもちろん上司だ。部下のシヨウが直接謝る、という場面は実は少ない。自分のミスを他人に謝ってもらう、処理してもらう。これがたまらなく耐えられない。今後の改善を考える。人間はある意味機械よりも精度が高い。気を付ければ一生誤らない。全く凄いシステム。
今日も無意味な作業に一日の大半を費やし、ようやく終わる。
ノス・フォールンは寿命が短い。それ故、一日、一年をとても大事にする。若い頃から自分の将来を考えていて、それを叶える為に努力をする。努力の方法や配分すら計画する。生き急ぐ若い時期、子供が大きくなったところで寿命がくる。
ノス・フォールン以外の人類は、彼等の倍以上生きるのが最近では普通だという事実に愕然とする。この年齢までの経験でもう充分とさえ思っている。勿論、生きていればやりたいことが次々と湧いてくるだろう。でもそれだけでは駄目だ。
終わった後のことを考える。
このままでは文字通り、生き詰まるのが目に見えていた。
あれから幾度か図書館へ足を運んだ。だが選択肢が無い、ということの証明に終わった。もう図書館へは寄り付かなくなる。
残されたのは想定どおりの闇。シヨウの心は暗く静かに落ち着いていった。
僅かな希望に縋ったら絶望に突き落とされる。絶望に居なくては。
最悪の想定だけを考えろ。

決行の日は明日に迫った。
この星は彗星の尾に今夜から本格的に入るらしい。あちこちで話題になっていた。今回はあまり流れないと専らの噂。大流星雨から十数年。あの感動をもう一度、と切望する人はとても多い。一生で一回だからこそ良いのではないかと思っているが誰も賛同しない。数回言って諦めた。
明日の場所に何度か赴いた。そこまで遠くない。どうしてその地なのかは色々調べた結果なのだろう。そしてその情報がシヨウに普通に入ってくる。お客様窓口に悪態を吐きに行こうかと思ったほどだ。
民家の支店で電話を終えると、リアが入ってくる。扉を押さえていたベリルも続いて入ってきた。
「シヨウ、ごめんね。何にも知らなくて」
そう言って腕を抱くのだ。シヨウは首を横に振る。
「だって、本当・・・辛いよね。大丈夫? 本当に、大丈夫?」
今度は頷いてみせる。他人の事柄を自分のことのように思うことが出来る精神。眩しい。仕組みと形成を知りたかった。
「リアこそ、進路とか勉強とか大変なのにわざわざ来てくれたんだ。ありがとう」
「何か出来ることあったら言ってね! もう、どうして何にも出来ないんだろう」
リアの背中に触れる。暖かかった。
そんな二人をベリルは見つめていた。彼と目が合うが、言葉は出てこない。深刻でもないし憐れんでもいない。いつもと変わりない。それはなんとなく救いだった。
零れるとはいかないものの、涙で目が潤んでいるリアを送り届けた帰り道。まだ早いがろうそくに火を点け、二人は農道を歩いていた。彼はもちろん発光していない、という考えが過ぎって笑ってしまう。
「先生って、どこに住んでいるんですか」
その笑いをごまかすために何か言わなければと思った結果がこれだ。疑問に思っていたと言えばそうだが。
「知りたい?」
「教えてくれないのなら、別にいいですけど」
「君んとこの会社の、来賓用?」
「へえ。そんな所あったんだ・・・。そういえば以前、遠い所から来たって仰ってましたけど、どの辺りですか」
「実はこの世界ではない。見えないけど隣合っている双子の世界があって、そこからやって来たんだよ」
「へえ・・・それは本当に遠い」
「信じてないだろう」
「信じますよ。だって、嘘を吐く理由が無いもの。先生は他者からの評価を全く気にしていないでしょう? つまり見栄を張る必要がない。したがって、嘘を吐く必要が無い」
彼の反応を見ると、そこまで外れていないように見えたので安心する。
「あ、ノス・フォールンと同じって・・・。つまり先生の世界から来たってこと? それって凄い発見じゃ」
「彼等は、知らない。ここで初めて見た」
「なるほど。つまり更に別の世界があるってこと・・・」
「へえ、そうなんだ?」
「・・・・・・」
もうすぐ街に着くというところでベリルが口を開く。
「そうそう。シヨウに言っておきたいことがあったんだ」
「はい」
真面目な話だろうと向き直るが、彼は平時と変わらない。
「でも今度にする」
「え、えー。なんでですか」
「なぜって・・・。戻って来たら言うよ。ほら。明日の楽しみが出来た」
「内容による・・・」
訝しんでいると彼は譲歩した。
「今言ってしまうと嬉しくって太刀筋が鈍るかもしれない」
「鈍りません」
さあどうかな、と独り言のように言って帰って行った。
やれる。
というより、やらなくてはならない。
「他の人には殺させない」
どんな手を使ってでも。
ろうそくの火を消して走る。
特に待ち合わせてはいなかった。けれど足は迷わず進んだ。
石のベンチに彼はすでに居た。シヨウが反応するより、彼が先に振り向いた。
まだ声を張り上げないといけない距離なので速度を上げる。
息を切らし隣に座る。いつもと違う位置も面白いとなんとなく思ったのだ。
「はい。じゃあこれ」
剣がテーブルの上に丁寧に置かれる。何か懐かしいそれを見つめる。
「帰ろう。日が暮れるよ」
「え、ああ、うん」
彼が歩き出したのでシヨウは急いで腰に差し、後を追う。方向は彼女の支店の方だった。
「一人で帰れるからいいよ。もう限界でしょう」
「大丈夫」
いつもならこれ以上言うが、今日はやめた。
それ以降、特に会話も無く支社が近づく。彼の隣に並んでいない。会話が無くて息苦しいのは初めてかもしれなかった。
坂道の途中の民家の近くだった。高い位置の庭から道路へ黄色い花が垂れ下がり、道行く人の頭上に降り注いでいる。この敷地をどうすれば美しく見せることが出来るかわかっていた。
「シヨウは生きていて良かったと思うことはある?」
「実は基本的に無い」
彼女は答える。
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン