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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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「そう思うのは、そう思うような出来事に遭ったときだけ。だから時々は思う。時々というのが良いと思うけど。でも今すぐ死んでもいいとも思っている。死んでいない状態が続いているだけに聞こえるけど、それは合っている」
「シヨウは前言ってた、生き続ける理由はある?」
ジイドは足を止める。
「明日が終わっても、シヨウは生きる? 具体的に言うと明後日もその次もだけど」
彼女も足を止めた。
「ええ、生きるよ。そのつもり。もっとも、事故とか無ければの話・・・」
言っている途中で見た彼の表情で、言葉が止まる。
「そっか。ならいいんだ」
疑問に思って、訊こうか脳が迷っている内に彼のほうから言葉が出てくる。
「帰る。ごめんね。じゃあ、また」

ジイドが見えなくなるまでそこに立ち止まっていた。ふいに声がかかってその主の方を向く。声の出所は、久々な腰の重さからだ。
「訊きたいことがあった。どうして存在を明かした?」
「近頃では・・・私の頭脳だけではもう物足りないかなと思っていたから。ノスの脳と話すのは久しぶりでしょう。やはり楽しいね」
オウカには敵わないかな、と心の中で付け足してみる。
「別にこれが別れってわけじゃない。また今度話せるよ」
「最後になる場合もある」
「そうならないように努力する、ということに縛られるのも楽しいって、最近発見しました」
「それは精神的に老化している傾向にある、特に独身者の思考だ。洗練されすぎると物足りなくなる。時間が無くても、頭脳が暇を持て余してしまう」
「あー・・・うん。面白いけど、何の影響?」
「お前は影響を受けているといっていい。そもそも」
「ちょっと待って。私が? 影響されている?」
意識を、背中へ。もう遥か遠くにいるノス・フォールンに向ける。
「それは面白い見解だと言える。へえ、どういう風にそう見えるの?」
「笑うようになった」
歩みが止まる。
もちろん笑っている。でも社会でのそれは相手を安心させる為であって、彼はそういう意味で言ったのではないのはわかっている。言い合いするまでもない。
自分よりも他者のほうが見えているものがある。
これはきっとそれだったら良いとシヨウは思った。


ベリルの言葉を思い出す。
「戻れるならあの頃を選ぶよ」
それは、とても光栄だった。
綺麗な場所だった。
田植えされたばかりの稲穂のさざめき。雨の日だけに出現する畑の中の大きな水溜まり。肺に染み渡る空気。星が、見上げなくても見える。
けれど。
シヨウは違う。
不思議と戻りたいと思わない。
多分、あの年齢は自分の力で世界を変えられないからだろうと、彼女は随分昔に帰結していた。
夕方の気配が漂ってきた空を見上げる。
星はまだ見えない。これはまだ明るい。シヨウは結構見上げている。けれど、こんな田舎でも星はよく見えない。片隅だが所詮、都会だ。
数人の気配がする。シヨウは走り出した。追走している。
赤い花の文様が付いた衣装を纏う集団。仮面をしている者もいる。
最初の一手でわかる。明らかに威嚇ではない。こちらの命を奪うものだった。
山の上のいわゆる高級な住宅地だった。庭の飾り方や住居が山の下とは明らかに違う。道が比較的広い。庭や玄関先は色々な飾りがあった。
頂上を目指していたが横の道へ逸れる。幸いにも平坦な道だった。もう人目や騒音を気にしてはいられない。距離が狭まりつつあった。比較的広い公園を見付け、垣根を越えて飛び込む。丸い遊具の上へ登った。追いかけてくる者達は、シヨウでも一瞬で数えられる程度しかいない。丸い遊具にぎりぎりまで居て、引き付ける。そこを高く降りて、遠くにいる飛び道具を持つ者を標的に走る。動きが鈍く、すぐに片付けることが出来た。その後は別の遊具のある所まで走り、一人一人相手にする。
途中、闇色の衣装から見えたものに気を取られてしまったので、倒れている人間を盾にする。動揺が見てとれ、隙が生まれる。
やけに手応えのない集団だった。花の文様が描かれた闇色の衣装をめくった。しわがれた手と顔。動きは老人のものとは思えなかった。
声にならない声と、諦めや呆れに似た感情を息と一緒に吐いた。
この状態の人間を見たことがあった。島に配属されることが多いと聞く。これがあの会社の、末期のノス・フォールンの処分の仕方。
彼女はユーメディカの種を取り出し、全員に埋めていった。花が咲く。どうせ、会社が後処理をするだろうし、そうでなければ近隣住民が業者を呼ぶだろう。でもこのままにしてはおけなかった。
「ごめんなさい・・・」
会社と同じ名前の花。それに葬り去られる。これはどんな運命なのだろう。
もう一度彼等を目に焼き付け、その場を去った。
光の下の人達を思い出す。
何か特別なものがある。だから出入りを許されている。
そんな人達と自分が知り合いだということが、いまだにおかしなことに思えている。
行きたい。自分もあそこへ。
十年間燻ってきたこれを手放せば行けるような気がすると彼女は思って、ここまでやって来た。
勿論、忘れたりはしない。絶対に忘れることはない。
全部持って生きるんだ。

樹に囲まれた広場。上の道の先に円形の建物がある。事前に調べたところ、山の上の民家への水道供給施設のようだった。ここは分水嶺で、昔、山の向こう側とこちら側で土地を分けた。眼下を見渡せば街が広がっている。遠くに見える山の向こうはさらに大都市だ。
「よく来たね。待っていたよ」
シヨウよりも明るい色の髪は記憶していたのと同じに見えた。
赤い眼が薄暗くなってきた闇に浮かぶ。
よく見ると広場の片隅に数人倒れている。彼女の見渡す視線に気が付き彼は説明する。
「彼等は、気にしなくていいよ。どうせ君には関係ないしね」
辺りには人の気配はもう無い。でも見られているのは確かだと更に探るが、目の前の彼が動き出したので中断する。
「さて、もう言うことなんて無いね。それじゃあ始めようか」
彼は持っていた二本一対の剣を抜き、鞘を投げ捨てた。
もっと躊躇うものだと想像していたが、思っていたより平気で剣を向けることが出来た。だってオウカはこんなことをしない。
最初は受けているだけ。どれくらいの間合いか、力加減か、標準の速さや反応の速さを探る。素早いが力はあまりない。でも油断は出来ない。
相手が剣を向けてきてもそれよりも先に懐へ行ける。
躊躇なく踏み込んだ。
「姉さん」
表情が嘘のように柔らかくなった。
嘘だ。
思っていたので、一瞬遅くなった。
その一瞬だけで彼には充分で、左の剣が向きを変えて来る。これは防ぐことが出来た。けれど右の剣は防ぐのが遅れた。折り曲げ、太腿へは避けたがふくらはぎに掠れる。横へ転がりながら距離を取る。剣の傷は浅くても痛い。そちらにばかり神経が集中する。血液の音がうるさい。
彼が歩いてくる。相手の斬り込みを受けるだけ。今度は防戦一方だった。全然防ぐことは出来るものだったが、踵が何かにぶつかり、膝を着く。追い込まれていることに気が付く。
「言っておくけれど、私は一度も姉と呼ばれたことはないよ」
「ああ、そうなんだ。それは失礼だったね」
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン