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藤森 シン
藤森 シン
novelistID. 36784
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仏葬花

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第五話(最終話) 他人の為に動くのもまた、自分の為





「もう、ここから飛び降りちゃえば?」
「そうだよ。それがいいよ」
山の上の農道。そこからの眺めが好きだった。背後には溜め池があり、落差を利用して、山下の畑や水田に水を流すのだ。その大きな装置が道から見下ろせる。田舎の物のせいか、大人でも落ちたらただでは済まない、というレベルを超えた大きさである。
両脇から二人に背中を押される。もちろん本気ではない。自分から落ちてもらわなくては困る。もちろんこれも本気ではない。落ちたら慌てるし大人を呼んで助けるだろう。そして、落ちるわけがないとわかっているからこその本気の言葉。たしか十歳くらい。この年齢の残酷さ。同級生の女の子。その二人はとても可愛く、勉強もやれば出来て(やり方が悪かった)、話も巧く、クラスで上位の人物だった。
他人の死とは別に、自分に降りかかる死を初めて感じたのはきっとこの時。覚えているだけでももっと酷いことをされたし、忘れてしまったものもあるだろう。でも、あの時死ねば良かったと思う時、最初にこれに行き当たるのだ。
そしてこれを忘れないようにしている自分がいる。経緯や場面や要所は忘れてしまった。でも、あの高さ、遥か下に見える水面、どこまで深いかわからない恐怖。そして、落ちたら楽になるだろう、この人達に一生背負わせようとした優越感にも似た感情。
それらを定期的に思い出し、忘れないようにしている。

平日でも人のいる小さな図書館で、シヨウは本を開いたまま。
目の前の情報の束はとっくにただの記号となっていた。
戻すのが面倒くさい、と山積みになった本を見て思う。調べれば調べるだけ、可能性が無くなって行った。方法があるとは最初から思っていない。可能性自体が、無い。調べずにはいられなかっただけだ。
もはや常連になっていた図書館をあとにする。勤務後に来るにはやはり時間が無さ過ぎた。総合的に、今日もぼんやり本を読んでいただけに近かった。
この数日で溜まった疲労で体が重い。頭もうまく動いていない。
一日だけ犠牲にして早く就寝すれば立て直せるのに、それが出来なかった。
何も考えたくない。動きたくない。部屋から出たくない。
しかし彼女にそんな裕福な資格はなく、あの日以前と変わりない、出勤する日々。
出勤してしまえば業務を行う。行える。どうすれば効率良く出来るか考えたりもする。
自室に戻ると襲いかかる名前の付かない衝動。
自分は何をしているのだ。
仕事ごときに貴重な時間を使っている。あんな無駄な作業。
けれど、頭の隅では考えていた。
常に考えている。
オウカは昔からなんでもすんなり出来た。ちゃんと努力をしていたのだろうけど、それを抜きにしても追い付けないものがあった。生まれながらに持っているものの差のように思えた。
フリークスがオウカの脳を乗っ取って十年。剣の技術はどうなっているか、想像が付かなかった。オウカ自身は剣の技術は無い。けれど、彼の天性のセンスや色々なものを駆使して自分のものにしていれば、油断してはならない技量だとすぐに想像出来る。企業をすり抜けていられるのもそのおかげだろう。
正攻法では恐らく無理だ。
でも、人間を襲っているということを考えれば解決策は見付かるかもしれない。彼女はそこに糸口があるように思えて、それを辿ろうとしていた。
少し離れた植え込みから咳込んだ声が聞こえたと思ったら、見慣れた人物が現れる。地面に膝も掌もつけて、四つん這いも辛そうだ。葉にまみれ、それ以外の汚れも見受けられた。
「ジード、どうしたの」
「あ・・・」
「なんとなくじゃなく今度こそ「久しぶり」ね」
「ああ、うん・・・」
「大丈夫? じゃなさそうだけど」
「大丈夫・・・」
俯いていた顔が上がる。
「シヨウは入院したことある?」
「あるよ」
「どんな怪我?」
「実は・・・剣では大きな怪我をしたことがない。小さなものは常にしているけど」
「それは、いつ?」
「いつって、こちらに来てすぐ。笑うところだけど、行き倒れていたのね。放っておけばいいものを・・・世の中は善意で溢れている。それに、もうよくは覚えていない。というかその怪我、入院するほど酷いの?」
「ううん。大丈夫」
彼は少しだけ微笑んだ。
「丁度良かった。もう色々聞いていると思うけど・・・ジード、それを返してもらっていい?」
彼がゆっくり動く。剣のことだと気が付いたらしい。ずっと手に持っていたそれから視線を離し、顔を上げる。
「それは、オウカを・・・」
彼の口からその名前が出て一瞬怯む。が、この程度なら隠せた。
ジイドから離れてゆっくり歩き出す。石のベンチの向こう側に回る。彼は立ち上がり、目に付く汚れを払っていた。シヨウは観察するようによく見ていたが、彼はこちらを見ない。
「レンさんから色々・・・聞いてる」
「へえ」
悪態も吐く気がしない。
「シヨウは、どうするのかって気になっていたから」
「そう」
彼が何かを期待してシヨウを見る。けれど、きっとそれには応えることは出来ないだろう。今までもその場合が多かった。
「人間の生活に影響を及ぼすフリークスは、運が無いけど、駆除されてもしょうがない」
「それがオウカでも?」
「あれは、違う」
「だって、オウカは君の・・・」
「それでも、やっていいことと悪いことがある」
「でも。まだ、オウカとしての意識が残っていたら・・・」
すぐ目の前の低木に手を突っ込み、構わず力を込めて横に払った。
レンジェやベリルとはわけが違う。
その名を。
「だから? どうしたというの」
口にするな。
「ノス・フォールンが頭脳をどうにかされるのがどういうことか。よくわかっているでしょう」
意外としっかりした枝で、手が痛む。
「私はやるよ」
彼はすぐに何かを言いかけ、でもやめて、俯いた。首を横に数度軽く振ってから続けた。
「やめたほうがいい。絶対、後悔する」
「何をしても後悔は少なからず生まれる。そうでなければ人類はここまで進化していない」
「そんな話じゃない」
ここは実は、セリエの自殺した場所とそう離れていない。
「では、どうすればいい? そんなに言うなら、あなたには何かいい方法があるんでしょう?」
こんな堂々巡りの愚問。もう何十回何百回と一人でやった問答を、生身の人間とやりたくもない。でも彼女は口に出した。
息を吸って彼は言った。
「何もしなくていい。これは、シヨウの所為じゃない。君がそこまで考え抜かなくても苦しまなくてもいい。あとは会社に任せていいと思う」
ゆっくり、自分の思考に入る。
セリエは自分のあの言葉で決心したのだと、突然思い当たる。
ジイドは正しい。これが普通。でもそれが選択出来ない。
出来ないほど守りたいものがあるといえば聞こえはいいが、それはやはり自分の為だった。復讐も今の行動も、自分がやりたいからやっている。それだけ。死んだ人はそれを望んでいないという常套句も関係ない。オウカが望んでいようがいまいが、自分の選択は変わらなかっただろう。
それを選択できればどれほど楽かも、わかる。けれどそれを選ぶのを、誰よりも自分が拒否する。それをしてしまうと、自分の体を殺したくなるほどに。
「シヨウはもっと頼っていい。それくらい、もう皆はシヨウのことが好きだよ。知ってた?」
作品名:仏葬花 作家名:藤森 シン