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そして海には辿り着かなかった

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また蛇足で駆け抜ける


夏休みに入った。それから間もなくしてちょっとした事件が起こった。
ほんとにちょっとした。
だいたい夏休みだからって特別に何か素敵なことがプレゼントされるわけじゃない。
暑いだけだって誰かがうなだれてたけどその意見はあまりにも正論すぎて、
みんな夏に起こる様々なイベントを片っ端から口にして暑いだけの夏を擁護した。

「それなら冬は寒いだけじゃねーか」
っていう元も子もないことを口走る奴もいたけど。
で、そう、事件だ。

ユキがナリタにところに電話してきたことでこれは事件として認識された。

「ねえ、リョウ知らない?なんかさー、急にフラッといなくなって。
書き置きまでしてるの。ねえ、ナリタ、どうしよー」
後半鳴き声混じりに震えた言葉が受話器から耳に伝わる。
リョウというのはスパンクのことだ。

とにかくその時ちょうど暇だったマコという女と一緒にユキに会に行き電話と同じ話を再び聞く。その時と同じテンションで。

ナリタはユキの部屋に貼られたここ数ヶ月前からの歴史を語る写真の数々を眺めていた。
おおっこのユキかわいいな。マコもいい。これくれないかな。
とかちょっと思いながら。
だいたいこの事件を事件として捉えていない証拠だ。
あっテレビ水色に塗ったんだ。こないだまで淡いピンクだったのに。と、奥のソファの向こう側にあるテレビを見て思う。

『ごめん、ユキ。ここでお別れだ。旅に出る。じゃ』

いきなりユキがスパンクの残した紙切れ、置き手紙をナリタとマコに突きつけるように出した。
夢に出てきそうな不可思議な絵が描かれたロウソクを手にとって見ていたナリタは一気に現実に戻される。

「汚ねえ字だな、またこれ『じゃ』って(笑)普通手紙に『じゃ』とか書くかぁ」
ナリタが笑うと同時にマコがナリタを睨む。
「ああーいや、うん・・・そうね、ごめんごめん・・・え?ここでお別れ?これってユキと分かれるってことか?」
ユキがいかにも悲しそうな顔をしたのでナリタはそこで黙る。
マコがユキの肩を抱き大丈夫だと励ましている。
何が大丈夫なんだ!?

「ほら、スパンクってかなりバカやん?唐突に無茶したりテンション高過ぎたり。まあそこがいいんだけどさ。
だからきっとこれも思いつきでやったんよ。アイツの行動原理なんて全部思いつきだし」
マコの慰めの言葉。
「おいおい、マコ。お前の方がきついこと言ってねえか?だいたい思いつきで別れ告げられた日にゃ
俺なら相当落ちるけどね」
「私が言ってんのはそのうちヘラヘラして戻って来るって事を言ってんの!」
「ヘラヘラ言うな」

いや、落ちつこう。
ここで不毛な討論をしても意味がない。ナリタは切り替える。



「そういえばこないだお前らライブ行った日、あの夜にアイツに会ったな。
アイツ傷だらけだったけどそれとなんか関係あんの?」
あの花火の揺らめきを瞼に浮かべながらナリタ。

「あっそうかも。でもあの傷はなんかあの日クラブ来てた客と揉めたって。いつものテンションで気にしてないとか言うてたけど・・・」
ユキがまるで随分前の話のように振り返る。少し鳴き声混じりだ。
手探りで手がかりを探しながら、でもいっこうに前進しない時間。もうここに来て1時間は経過している。

あの夜。あの傷。スパンクの様子。
確かにいつもと違った。そんなことを思い返せばあの日、あの夜に失踪の原因があるんだろう。
が、しかしだ。それが例え100点の答えだったとしても一番欲しい答えじゃない。
一体どこに消えたのか。それれが0点じゃなにも先には進まない。
それにユキと別れる必要がどこにあるのかも謎だ。

とりあえずユキを落ち着かせて考えることにする。
マコにユキを任せナリタはというと手がかり集めに走り出す。
キツイね、ほんとに。
まずスパンク自慢の自転車、ローライダーがないことを確認する。
つまりアレで失踪したってことか?
となると、そう遠くには行けないだろう。あんな座席も低く、チョッパーハンドルでそれでいて重く漕ぎにくい、
ファッション性重視の自転車なんて。それはもう冒険。
一輪車で日本一周とかそっち系の話でまとまりそうなもんだ。
いやいや、相手はスパンク。想像以上の怪物。普通じゃないことも平気な顔でやってのける。
思いつきで。そうだ。思いつき野郎だ。ない話じゃないってことだ。
でもどうせそれなら途中で諦めて出発直後にとんぼ返りしてる頃だろう。
おおーなんだか刑事っぽいな。デカだな。刑事と言えばやっぱ踊る大走査線好きだなー。
それならモッズコートでも着てみる。ちょっと本格派目指してM-51シェルパーカー辺りを。
それでワッペンとか貼りまくって、ってモッズの本格派目指してどうすんだよ。
それ以前にこんあ暑い真夏の最中にそんなもの着てたら変態だろ。
ナリタは一人首を横に振ってわけのわからないところに考えが行くのを振り払う。

しかし傷だらけで、そのまま消えた・・・ってことはだ。
なんだろ?ヤバイ奴らとやり合って消された?拉致された?
ヤクザ系?
いやいや思いつきでヤクザと揉めないだろ。
でもじゃあ理由があれば?
ううーん、例えばあるヤクザのオンナに手を出してそれがバレた?
でもアイツあの日、客のパンクスにやられたんだよなー。そうだった。
でもそれならなんでユキと別れる必要が?
あれか?ひょっとしてケンカした相手はユキにべた惚れで『おう!俺と勝負して勝った方がユキとつき合う!
負けた方はこの街から出ていく!勝負せい!』とかなってアイツ負けたのか?
でもそんな無骨な男が今のこのご時世にいるか?むしろいるとしたら未来が心配だろう。
でもそれならアイツがいなくなったことも辻褄は合う。
きっといるんだ。そんな無骨な男。ケンカ番長が。うん。
よし、面倒くさいしそうゆうことにしよう。
早速ユキに電話だ!


もちろんナリタは思いっきり怒鳴られただけだ。真面目にやれって。
真面目にやろうが不真面目にやろうが行きつく先はたいして変わらないのに。
と、ナリタは唇を尖らせる。夕暮れ迫る。雑踏がまたむせ返る。