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そして海には辿り着かなかった

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眩しい程のモノだって落ち行く漆黒の穴だって



そうだ。今はスパンク失踪の原因なんて後回しだ。
スパンクを見つけることが先決なんだ。
しかしナリタに居場所なんてわかるわけもなくグルグル回って結局いつもの場所に着地する。

バー『クラヤミ』
ヨッシーって女の子がバイトしているバー。毎日のように来る場所。
文字通り店内は必要以上に暗い。鳥目なら間違いなく何も見えずにそこかしこに身体をぶつけるだけのバー。
しかし目がそのクラヤミに慣れてくると不思議と心地よくなってくる。だからまた来る。
カウンターの席が5つ。
あとはテーブル席が2つ。まあ、お世辞にも広いとは言えない。言えないどころかズバリ狭い。
カウンターの横にはDJブースがありその日入ってる店員の好みによってBGMは変わる。

ここはナリタだけではなく多くの友達が集まる場所だ。何か情報があるかも知れない。
そう考えると同時に、まあ一杯飲もうか、という考えが頭に浮かんだので自然と足が向かった。

ドアを開けるとクラヤミに光を奪われる。いつもの出来事。錯覚にも似た瞬間が必ず訪れる。
BGMが鳴り響く。ノイジーな金属音混じりのインダストリアル。
「ナインインチか・・・ってことは・・・」
ナリタはボソリとつぶやき店の奥へ。

このヘヴィでノイジーで、破壊力を伴ったラウドさ。それでナリタはすぐにわかる。
ヨッシーがいるな。

そして案の定ヨッシーは楽しそうにグラスを拭いていた。
その横には丸坊主で顎髭をイカついテイストで生やしたシンがタバコに火をつけていた。

「ああーやっぱ今日は濃いめの二人の日ね」
店員2人に少し大きめの声を上げながら手を振るナリタ。
「でもちょっと音でか過ぎない?」

しかしシンはタバコの煙を黒い天井に向かって吐きながら笑うだけ。

「まあいいや。んじゃ今日はー・・・パリオレから」
ナリタはヨッシーに注文。
ヨッシーは嬉しそうに微笑んで音にのるナリタにカンパリオレンジを差し出した。
「アリガト」
しかしこの店きたら最近コレばっかり飲んでるな、とナリタはふと思うが気にせず灰皿を手元に引き寄せた。

BGMはKORNに変わる。
トラウマがどうのとか歌ってる。あっ英語で。おそらくそんな感じ。ナリタはふんわりと頭で思い出す。いいね、重たい感じ。
何かスパンクのことなんてどうでもよくなってくる。いやいや、ダメだ、と一人首を横に振って怠惰を振り払う。

「いやーKORNてなんかトラウマ的な感じをさー隠さず音にまで昇華してさー、好きだなー」
シンが小刻みにノリながら言った。
「俺もトラウマ持ちでさー」
シンが続ける。

タバコに火をつけ一瞬このクラヤミがボォーっと明るくなった時、ナリタの中で何かが弾けた。

「ト ラ ウ マ〜!?お前のトラウマってなんだよ。なんなんだよ?
小学生の頃鍵っ子だったか?逆上がりできなくて馬鹿にされたか?チン毛生えるのが遅くて中学の時パイパンマンとか言われてズボンとられて追い回されたか?
一体なんだよ?あっ?おい。トラウマってなんだよ。お前の」
そこまで言ってナリタは我に返る。
何を言ってるんだ?そんなもんトラウマでもなんでもなくちょっとした面白エピソードじゃねえか・・・いやそもそも何熱くなってんだ?

シンはポカーンと口を開けタバコを手に持ってることすら忘れていた。
フィルター近くまで短くなったタバコを慌てて灰皿に押し付けた。

いや、別にナリタはケンカを売ろうとかそんな意識はまったくなかった。でもたまに何か心のどこかで弾ける。

シンにどんなトラウマがあろうがなかろうが実際のところは興味ない。
そんな自分の興味をひこうとシンが話し始めたわけでもないことはわかっている。
何かが鼻の奥でチクリとした。
そうだ。単に話そうとしただけだ。シンは。悪いことをした。わけのわからないことを言って。

「なんでわかったの?俺さー両親がけっこう早くに離婚してさーずっと家帰っても一人でさー」
シンはそう言って帰った客の残したマルボロのボックスをクシャリと潰してゴミ箱に投げ捨てる。

笑顔で語れるトラウマ。いや、トラウマなんかじゃない。そんなたいしたものじゃない。
結局そんなもんだ。
俺達は、少なくともオレタチは眩しすぎるぐらい輝かしいモノを持ってはいないけど、
同時にどこまでも落ちて行くような漆黒の闇ってものも持ってないってだけのことだ。

ヨッシーが少し不安げに、でも微笑みながらターンテーブルの盤を変える。
SOUL COUGHING。懐かしい。兄貴がよく聴いてた。
「これナリタ好きでしょ。この曲私も最近好きでさー」
ヨッシーがどう言いながらテーブルを拭き始める。

なぜかナリタはその姿に無言で、心の中で、アリガトウと言ってカンパリオレンジを飲み干した。