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よもぎ史歌
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明智サトリの邪神事件簿

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稲垣美術店


 わたしは先生と一緒にアパートを出た。
 有楽町ほどの大きい駅なら、市電よりも省線電車で行ったほうが早い。
 御茶ノ水橋を通って、左手の真っ白な聖橋を眺めつつ、神田川を渡ると、まもなく御茶ノ水駅に着く。遠くからでも目立つ緑色のドームは、神田のシンボルニコライ堂だ。
 電車に乗ると、先生は依頼を引き受けた理由を教えてくれた。
「あの蜘蛛は本来、日本にはいるはずのない種だったんだよ。しかもピッタリと一人の人間に張り付いているとは、おかしいと思わないかい」
「ま、まあ確かに……?」
 蜘蛛の習性なんてよく知らないけど、刺しもしないのに人にくっついてるというのも、変といえば変かも。
「あの蜘蛛は誰かの命で、彼女を監視していたんだよ」
「く、蜘蛛がですか……!?」
 もちろん、そんなことは常識ではありえない。だけど先生が追うのは、そういった非常識な事件なのだ……。

 電車を降りると、そこは大都会・有楽町だった。江戸城外濠に架かる数寄屋橋付近に、劇場や新聞社などの新しくて大きな建物が並んでいて、壮観だ。
 大通りの中心に敷かれたレールの上を、チンチンとベルを鳴らしながら市電が走っている。自動車も市電の隣を走り、さらに自転車と通行人が行き交う。わたしは東京育ちだから慣れてるけど、上京してきた友達は道路を渡るのもおっかなかったみたい。
「でも先生、なんでわざわざ美術店に行くんですか? 芳枝さんは来てないんでしょう?」
 絹枝さんがもう確認済みなのに、なんでまた?
「小林君……人の言うことを全部鵜呑みにしていたら、探偵なんて務まらないぞ」
「うう、そりゃそうですけど……」
 ふと、先生が立ち止まり、横の建物を見上げる。入り口に「関東ビルディング」と記してあった。
「ここだな」
「あれ、場所知ってたんですか?」
「里見芳枝は事務員の面接に行った。ということは、当然新聞に募集の広告が出ていたはずだからね。その広告を見つければ住所はわかる」
「そっか、絹枝さんと話してるときに新聞を見ていたのは、そのためだったんですね!」
 先生は最初から、絹枝さんを助けてあげるつもりだったのかも。
「広告自体は平凡なものだったが……とりあえず確かめてみよう」
 ビルの中には様々な店舗が入っている。その中に、確かに「稲垣美術店」の看板を掲げた店があった。
 だけどそのドアには、「閉店中」の札が掛けられている。
「おかしいですね、まだ夕方にもなってないのに……」
 かまわず先生はドンドンと激しくドアを叩き始めた。
「せ、先生!?」
 やがてドアを少し開けて、男性が顔を出した。鼈甲縁の眼鏡をかけ、気取った口ひげとあごひげを生やしたおじさんだ。
 不機嫌そうに細い目でわたしたちを睨むと、
「……なんだね君達は。ここは子供の遊び場じゃないんだぞ。帰った帰った!」
 すぐに強くドアを閉めてしまった。
 先生はため息をつき、私を横目で見る。
「……小林君にもっと色気があればなあ……」
「わたしのせいですか!?」
 確かにわたしも大人じゃないけど、子供に見られたのは先生がいたからじゃ……。
「仕方ないな……」
 先生は周囲を見回して人がいないことを確認すると、何やらつぶやいた。
 すると、その身が着ている服ごと銀色に輝き始める。
「おおっ、その手がありましたね!」
 一瞬、ぐにゃぐにゃの粘土みたくなったけど、すぐに人の形に収束していく。いつ見ても不思議な、先生の魔法のひとつだ。
 先生は、瞬く間に美しい婦人へと「変装」した。
 髪型や服装は変装前とほぼ同じだけど、わたしよりも背が高くて、脚も長くて、胸も大きい……。
「ど~お、芳乃ちゃん?」
 先生はわたしに色っぽくウインクして見せた。
「せ、性格まで変わってるんですけどっ!?」
 いろんな意味でわたしは焦る。
「当たり前でしょ~? 変えないと変装の意味がないじゃな~い」
 確かに声色や表情も変えないと、完璧な変装とは言えない。
 でも、先生自身はどんな気持ちでやってるんだろう? 想像するとちょっと怖い……。
 そうこうしてるうちに、先生はまたもドアを叩き始めた。今度はちょっと上品に。
 ドアが開き、怒ったおじさんが出てきたけど、
「またか! 何度来ても──」
 すぐに固まる。
「こんばんは~。閉店中悪いんですけど、ちょっと見せてもらってもいいですか~?」
 先生は体を艶かしくくねらせながら、おじさんを見つめる。
 おじさんはにやけて、
「え、ええ! どうぞどうぞ!」
「すみませ~ん」
 わたしたちはあっさりと店内に案内された。
「今お茶を入れましょう!」
 軽い足取りで奥へ消えていくおじさん。
 さすがにわたしも呆れてしまう。
「露骨ですね……」
「男なんてこんなものだよ」
 一瞬、先生から地の声が聞こえた。

 店内にはさすが美術店らしく、美しい婦人や乙女をかたどった石膏像が並んでいた。マリア様やヴィーナスなど、西洋で有名な像の複製もある。
「うわ~きれいですね~!」
 わたしは思わず感嘆する。裸の像も多いんだけど、いやらしい感じはしない。
 先生はというと、像には目もくれず、部屋の隅に積んである大きい木箱を眺めている。
 やがておじさんがお茶を持ってきた。
「見苦しいところをお見せしましたね。今日は早めに店仕舞いして、ちょっと在庫の整理をしていたんですよ」
 わたしたちはテーブルを囲んで座った。
「私はここの美術商をやっております、稲垣と申します。今日はどんなものをお探しで?」
 稲垣さんは、痩せ型で背の高い紳士で、40代くらいだろうか。
 わたしのことは気にも留めず、変装した先生の方ばかり見ていた。
「ええ……実はこの子を探しているんですけど……この店に来ませんでしたか?」
 先生はいきなり本題に入るみたい。芳枝さんが写っている写真をポケットから取り出して、稲垣さんに渡した。
「……この子ですか……?」
 稲垣さんはしばらく写真を見つめた後、
「………ええ。確かにうちで預かっていますが」
 写真を先生に返すと、ゆっくり立ち上がり、わたしたちに背を向ける。
「え、ええっ!? ど、どこですか!?」
 意外な答えに、わたしは慌てて店内を見回す。芳枝さんを事務員に採用したってこと?
 先生は驚いた様子もなく、黙ったままでいる。
「ハハハ。そんなに焦らなくても……すぐに会えますよ」
 そして、稲垣さんが振り向くと──
 その顔は豹変していた。
 八つの赤い目が光り、口からは長い牙が生えている。
 稲垣さんは怪人だった!
 わたしが叫ぶ間もなく、彼は両手を突き出す。左右の手の平から白い何かが飛び出した。
 視界が回り、体が床に叩きつけられる。
 え、い、今、何が──
 状況を把握しようにも、体が動かない。声も出ない。
 どうやらわたしは、何かで全身を縛られているようだ。これは……縄?
 いや、糸だ! 怪人が両手から出した大量の糸に、わたしはすっかり絡みとられてしまっていた。
 隣を見ると先生も、私と同じく芋虫のような情けない姿だった。
「う~!」
 わたしは口も縛られていて、しゃべることもできない。