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せめて心から

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 木箱には、オルゴールが入っていた。
 手紙でも入っていないのかと調べたが、 それ以外は何も入っている様子はなかった。

 オルゴールのネジを巻いて鳴らした。


 ―― たとえば君がいるだけで


 そんなメロディーが流れた。
 それを聞いた彼女はメールを打つのを中断し、はぁ〜、と大きなため息をついた。

「どうして男って、オルゴールを贈るのかしら」
「無難なところだからじゃない?」


 ―― 心が強くなれること


「オルゴールの曲って悲しく聞えるじゃない?」
「そう言われれば、そうかも」


 ―― 何より大切なものを


「その曲に思い入れがあったらさ?」
「うん」


 ―― 気付かせてくれたね


「思い出しちゃって……悲しいじゃない」

 彼女の頬をつたう一筋の涙を見てしまった僕は、何も言えずに、何もできずに、繰り返し鳴り続けるオルゴールを持ったまま、ただ立ち尽くすしかなかった。

 彼女の“前の彼氏”は、ギターを一本だけ抱えて、単身上京してしまったのだと聞いた。
 彼女をここに置いて行ったのだ。
 僕は自分がここにいることが、酷く場違いな気がしてならなかった。
 できることなら走って逃げ出したかった。
 けれど、僕の手の中にある“前の彼氏”に贈られてきたオルゴールの奏でる悲しげな曲が、僕の体の自由を奪ってしまっていた。

 オルゴールのソロコンサートが終了する頃には、彼女の顔はアイラインが溶けた黒い涙でぐしゃぐしゃになってしまっていた。


 ありがとう


 その瞬間、彼女は本当にその人を愛していたのだと知った。
 小さな、とても小さな、たった一度だけの呟きだったけれど、それは僕にとても大きな衝撃を与えた。


作品名:せめて心から 作家名:村崎右近