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かがり水に映る月

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02.知ってはいけない言葉の星屑標本(3/3)



とりあえず、腕っ節が強いことは問題だがそれ以外に危険なものを所持している様子はない。
それに、自分が言いつけてから何も抵抗を見せない。時折手で涙をぬぐっては、しゃくりあげている。
ここで無理に追い出そうとすれば、何をしでかすだろう。
迷った挙句、無用心とはわかっていながらも、とりあえず部屋に真に似た誰かを通すことにした。
「座って。そしたら、動かないように」
「うん」
電気を点け、指示してから英人は拾いあげた携帯を開く。
メールが二通届いていたが、急ぎ返信を必要とする内容ではない。仕事先に電話をかけ、旨を伝えることにした。
何と言えばいいのだろう。
空き巣と鉢合わせて――そんな筋書きでいいだろう。あながち間違ってもいないし、これで。
電話中、視線はずっとちょこんと座るそれを見ていたが、言いつけを律儀に守りおとなしくしていた。

「はい?」
「だから、私は人間じゃなくて、追われてるの! このままだと、あなたも危ないの!」
英人は、話を聞くだけは聞いておこうと思い相手に全てを吐かせた……つもりなのだが、余計混乱することとなってしまった。
自分は人間ではないだの、あの草原で出会ったのも偶然ではないだの、電波というか、現実離れしすぎている。
おまけに追われているという。確かに、玄関先での反応は尋常じゃなく必死だったが。
虚言癖かなにかを患っていて、家か病院を抜け出してきたのだろうか。それにしては、帰る場所がわからないと言うし。
「……とりあえず、あなたじゃなくて、蛍原ね」
「知ってる。英人」
迷いなく出てきた下の名前。まあ、隠しているわけでもなし調べればすぐに割れる名前だ。
「君は?」
「……こと」
「名前、わからないってことないよね?」
「真……いや、ごめんなさい。違うわ、私の名前は月(ゆえ)」
「え……?」

今、何て言った?
真?
真だって?

「何で、真の名前、知ってるんだよ……」
「それは……」
「君が真じゃあ、ないのか!? 真なんだろ? これ、全部僕を驚かそうと思ってやってるんだろ!? そろそろばらしちゃえよ!」
「ちが、」
思わず、英人は言葉の勢いと同時に月の両肩を掴んでいた。びくりと身体を震わせ、小動物のようにまなざしを向ける月。
本当に、帰ってきたのか。
それとも、悪質なストーカーなのか。だから顔を似せた? そうにしては、整形の限界を超えるほどに似ている。
真に双子や兄弟がいたという話は聞いていない。一人っ子だ。
自分一人の判断にゆだねるのは、限界だった。

「……ああ、もう」
数十分が経過した。追い出す手段を片っ端から探し、月の正体を片っ端から探り、色んなところに電話をかけた。
だが、全て外れ。警察は、月を部屋に通したのが判断材料の痛手になったのもあり相手にしてくれない。
仕事を休むにも、理由が通らず断られてしまった。当たり前だが、それが現実である。
時間はあまり残されていない。

「月って、言ったよね」
「うん」
「ここから、今は出ていけないって言ったよね」
「言ったわ」
「じゃあ、今から言えること、守れる?」

そして、いくつかの条件を提示する。
部屋のものを探らないこと。部屋から出ないこと。自分の言うことにはこれから絶対に応じること。
月は、すぐにそれを了承した。自分が出ていってから仲間を呼ばれてはたまらないので、手足を縛っておく。
それにも、抵抗を示さなかった。慣れない作業だったが、少し痛い程度にはがっちりと縛れたはず。
「……それじゃ、帰るのは多分朝方になる。電気、消すね」
「英人」
「なに?」
「いってらっしゃい」
「……」
手足を縛られている状態とはいえ、亡くした恋人にうりふたつの月に同じ声でそんなことを言われては、感情の波に訴えるものがある。無視して踵を返すこともできた。だが、今の英人にそれができるはずもない。
いってらっしゃい、は決まって真が言ってくれた言葉だった。
記憶がフラッシュバックするのを、無理矢理に押さえ込んで背を向ける。

「……いってきます」


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴