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かがり水に映る月

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02.知ってはいけない言葉の星屑標本(2/3)



夜闇とともに静寂が降りていた。
冷静さを取り戻しつつある英人にわかるのは、誰かが自分の上に覆いかぶさっていること。
その重み。伝わらない体温。聞こえてくるわずかな息遣い。床と背がくっついたままの自分の後ろで、携帯が振動している。
落ち着くより前に、来訪者により扉が施錠されていることは知らない。
だが、今の体勢で扉が押し出されるように開かないのは不自然だということは察した。
「……」
両手首に感じる強い圧迫感。押さえつけられている。その実行者が死んだ恋人と同じ姿同じ顔をしていても、これは危険な状況というやつなのではないだろうか。
どうすればいいのだろう。英人は考える。
叫んで、隣人が気づいてくれるのを期待すればいいのだろうか。
男が叫んでも助けは来てくれるだろうか。どう叫べば効果的だろうか。自信がない。
それに、いつ口をふさがれてもおかしくない。早くしなければ――自信がない。何て言えばいいのだろう。
目の前に、なつかしい顔がある。
襲っている側だというのに、誰が見ても思うほどはっきりと悲しげな顔をしてこちらを見ている。
「何で、そんな顔をするんですか……」
「……ごめん、なさい」
「謝るくらいなら、離れてくれませんか……出て行って下さい」
「ごめん……なさい」
二度目の謝罪で、来訪者は意外な反応を見せた。ぽたり、ぽたりと確かに落ちる冷たい水の粒。
彼女は、今、目を伏せて泣いている。
というよりは、自分から目をそらしているように英人には思えた。思わず面食らってしまうが、かといってこのままでいるわけにはいかない。
「出ていかないつもりですか」
「今は、そうね」
曖昧な返事。闇に慣れてきた目で、英人は泣き続ける来訪者の全身を見えうる限り見分する。
昨晩、草原で出会ったそれに間違いない。服も一緒だ。何故、自分の部屋がわかったのだろう。追ってきたのか?
恋人が実は生きていて、ドッキリをしているのであればさすがにやりすぎだ。
こんなことをして、メリットなんて一つもない。
その時、携帯が静寂を分断した。二度目の振動が、床をつたって英人に届く。聴覚でも認知できる。
電話。
こんな時、かける先といえば一つ。
「警察、呼びますよ」
「……」
「聞いてます? 警察、呼ぶって言ってるんです。わかります? 警察」
今の状況、両手の自由の一切を奪われている英人に電話をかけることはほぼ不可能といっていいのだが、泣いているほどの相手だ。はったりも効くかもしれない、そう思い込みできる限り強気に出る英人。
涙の勢いを弱め、相手が顔を上げた。
「ケーサツ?」
「そう、警察」
「なぁに……? 追ってくるあの子たちのこと?」
「へ……?」
話がまったくかみ合っていない現状に、緊迫していた間が抜ける。
警察がわからない? そんなバカな、赤ん坊じゃないんだぞ。目の前にいるそれは、どう見ても同年代か年上だ。
「……」
睨む英人。
知らなくて申し訳ない、わからなくてごめんなさい、とばかりに弱弱しく視線を投げる真に似た誰か。
「……とりあえず、手、離していただけますか」
「え、ああ、はい」
「失礼します。じっとしてて下さい。動いたら追い出します」
「わ」
相手は、あっけなく従ってくれた。解放感とともにくる手首の鈍い痛み、一体どれほどの力で押さえ込まれていたのだろう。
考えると、怖気づく。ここは自分をしっかりもたなければと奮い立たせながら、英人は相手がナイフか何かを持っていないか検査しはじめた。相手は不審者だ、女だからといって遠慮して触る必要はない――そう強く思いながら。
ぞっとするほど、冷たい肌をしていた。そして暗がりでもわかるほど白い。
思い込んではいても、さすがに触っていいものかと迷う箇所もあったが、相手は抵抗を見せなかったので続行した。
結果。
何も持っていない。財布も、携帯も、ナイフも、何も。人が服を着ているだけだ。

「……どうすればいいんだ、これ……」
思わず、頭を抱えてしまう英人だった。ズキズキと、痛みを訴え始める頭。思考の行き止まり。


作品名:かがり水に映る月 作家名:桜沢 小鈴