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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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「あんたの家って何処にあるの?」
「家は無い。もっともあっても盗みに入られたら困るので、君にだけは教えない」
「チッ、バレたか」



 神殿の中では、数人の僧侶が参詣する信者の対応をしていた。
 その内の気の善さそうな男を見定めると、ソルティー達を引き連れたミシャールがゆっくりと近付く。
「あの、お忙しい中申し訳御座いませんが、私、父の名代により献上の品をお持ちさせて戴いたウェルンと申します。出来ましたら、何方かお話の出来る方とご面会を戴けないでしょうか?」
「ご寄付でしょうか? それでしたら、私がお預かりいたしましょう」
「あ、いえ、申し訳御座いません。私、父より必ず司祭様に直接お渡しする様にと言付かっております。貴方様を疑っては居りませんが、何分この様な大金です。出来れば何か証明となる物を戴きたいのです。そうして戴けなければ、父の元へは帰れません」
 訴える様に男を見上げ、手に持っていた袋を少しだけ開けて中身を見せる。
 男が中を確認したのを確かめて直ぐにミシャールは袋を閉め、生唾を飲み込む男に更に言葉を重ねた。
「ご面会のお許しが戴けませんのでしたら、仕方が御座いませんわ。その様に父に申してお許し願います。では、お邪魔を致しまして申し訳御座いませんでした」
「あ、お待ち下さい」
 潔く立ち去ろうとするミシャールの背中に男が慌てて声を掛け、その男に見えない様にミシャールはソルティー達に親指を立ててみせる。
「判りました。その様な大金です、お帰りになる時に何かあれば私の責任です。此方にどうぞ、司祭様にお話をしましょう」
 大金に目が眩んだ自分を隠し、男はミシャールに奥の扉を示した。
「ありがとう御座います」
「あの失礼ですが、後ろの方々は」
「私の護衛ですの。何分この様な旅は産まれて初めてですから、ひ弱な私を父が心配して」
「そうですか、確かにお父上のお気持ちは判ります。では此方へどうぞ」
 ミシャールの前を案内して男が神殿の奥へと向かった。
 その後ろで時折長い裾を踏みそうになっている彼女の姿に、全員が口を押さえていたが、ハーパーだけは人間の姿を映し出していて、見た目は何事も無い様に見えた。

 神殿奥の扉を抜けると、朝一番に頭に叩き込んでいたハーパーの見取り図そのままの部屋が配置されていた。
 かなりの部屋数で、その内の一つに男は案内し、
「此方で暫くお待ち戴けますでしょうか。只今上の者をお呼びしますので」
 そう言って部屋を立ち去ろうとし、ソルティーが須臾に目配せをする。
 男が扉に手を掛けた瞬間、須臾が男に後ろから当て身を喰らわせ、男は声もなく倒れた。
「よっしゃ、始めるか!」
 ミシャールは被っていた帽子を投げ捨て、邪魔だったドレスの裾を太股当たりで一気に破った。
「ああ、すっきりした」
「あ〜あ勿体ない。それは結構似合ってたのに」
「るっさい。んな事より、早く兄さん見付けないと」
「行くぞ」
 須臾とミシャールが掛け合いをしている間に、恒河沙が男を縛り終え、既にソルティーは廊下の様子を確認し、既に部屋を出ていた。
「もう、何でそう勝手に進めんだよ……」
 ミシャールは口を尖らせながら渋々ソルティーの後に従い、須臾が最後に廊下に出て扉を閉め、ハーパーが駄目押しに扉に封印の言葉を吐いた。

 神殿の規模が大きい為か、時折人影を見付けては隠れる程度で、これと言った難は無く奥まで辿り着けた。
 しかしハーパーの確認出来たのは神殿の最奥手前までで、これから先は警備の僧兵が多く見られ、隠れながらでは到底無理に見える。
「まあ彼処には間違いないだろう」
 柱に隠れながらソルティーが声を潜め、向こうに見える四人の僧兵が固める扉を差す。
「他にないでしょ。んじゃあまあ、恒河沙行きますか」
「うん」
 一度軽く体を伸ばしてから須臾が恒河沙を連れて走り出した。
 間隔の開いた柱を使い、体を隠しながら僧兵の顔が確認できる所まで寄り、互いの顔で合図を送り僧兵の前に躍り出る。
「なにもっ……」
 殆ど同時に二人ずつに当て身を喰らわせ、昏倒する僧兵達を見もせずソルティーに向かって片手を上げる。
「へぇ、あの馬鹿さんは嫌でも知ってるけど、あの優男の兄ちゃんまでとはね。人は見掛けに寄らないもんだ。――で、あんたは何にもしないのか?」
「そう言う約束だからな」
「何それ……」
 偉そうに指示を出す割には何もしないソルティーに、ミシャールの嫌味は通じなかった。ソルティーが須臾達の出来る事に手を出せば彼等が怒る等とは、彼等を仲間だと思い込んでいるミシャールには考えつかない事だ。
「ソルティー、この扉結界が敷かれてる」
 びくともしない扉を前に困る二人に、ソルティーは今度はハーパーに顔を向けた。
「壊してくれ」
「御意」
 その言葉と共に人間の姿を消したハーパーは本来の姿に戻り、右手を扉に当て、一息吐いてからその手を下ろす。
 たったそれだけで扉はゆっくりと開き、薄暗い廊下を見せた。
「はぁ……すっげぇ…」
「行くぞ」
 感嘆の息を吐く三人に目もくれず、ソルティーはハーパーを従えさっさと奥へと向かった。


episode.24 fin