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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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episode.25


 定められた場所に住む定められし理を司る者達が、存在さえも同じとは限りはしない。人の王が人であるからと、精霊の王が精霊とは限らぬ話であり、それを知る者は無に等しい。
 人の王は力によってその存在を現世に表し、精霊の王は理によって存在を彼の地に現す。力を有しているから傅かれるのではなく、傅かれる為に存在する理その物なのだ。
 だからこそ精霊は“彼等”に従う。それは絶対的な力を前にし、その力に傅かなければ自らの基盤を失う事を理解している為に。
 だが、この世界は全てが創られし世界。
 絶対的な力故に神と呼ばれる法神達。ならば、その神を創生せしは……。


 * * * *


 見張りに立っていた僧兵達は、須臾と恒河沙の敵とはならなかった。
 二人は神殿の奥に向かいながら次々と僧兵を気絶させ、ハーパーが扉を解除していく。だが単調とも言える繰り返しの作業であっても、神殿が大きければ大きいほど時間を消費する。
 そろそろ初めに倒した僧兵が、見回りの誰かに見つかってもおかしくはない。そうソルティーが思い始めた頃に漸く、小さな灯りで灯された薄暗い地下へと続く階段が口を開いた。
「ここに兄さんが」
 息せき切って駆け出そうとするミシャールの腕をソルティーが掴み、抗議する彼女の口を須臾が塞ぐ。どちらも彼女の行動を見抜いていた。
「須臾、罠だと思うか?」
「当然罠でしょ。幾ら何でも静かすぎだよね、下に行けばわんさかと盛大なお出迎えなんじゃない」
 勿論こちらの行動を探られていた事は無いだろう。その気配は無く、僧兵達に物々しい様子もなかった。ただ相手は必ずミシャール達が仲間を救い出すと考え、その為に常時待ち伏せを行っていた。
 その配備が完璧だからこそ、ここまでの道程が厳重にはならず、だが地下に降りた途端、今まで開けてきた扉は閉められる可能性は高い。
 もっともその予想には、間違いなくソルティー達は含まれて居らず、盗賊相手の警備の厳しさなど気楽な物に思えた。
「罠上等、喧嘩の後の飯はすっげえ美味しいから」
 恒河沙の楽しげな声に、ソルティーと須臾は顔を見合わせて笑い、同時にミシャールを解放した。
 話を聞いて尚、無謀な先陣を切るほどの浅慮は彼女にもない。
 そうして一行は須臾を先頭にして階段をゆっくりと下り始めた。
「うーむ、些か手狭であるな」
「ハーパーデカすぎ、ギリギリじゃん。もっと体締めたら?」
「何を言うか恒河沙、我のこの痩躯を更に貶めよと申すか」
「……倉庫を落っことす……? 言ってる意味わかんねえんだけど」
「我はお主の語彙の乏しさが不思議でならぬ」
「あたしはあんた達のお気楽さが疑問なんだけど……マジで」
 ソルティー達と出会ってから、一時も緊張感を持続させられた試しは無いように思う。
 ただ須臾も恒河沙も、あのアストアの森で妖魔と対峙していなければ、こうも余裕を感じる事は無かったかも知れない。
 少なくともこの先に待ち受けているのは、ソルティーの敵ではない。人という概念から遠く離れた、全く別の存在ではない。ならば自分達が緊張感を持って戦うのは、ミシャールには悪いが今ではなかった。
 とは言え、降りだしてみれば意外と急な段差と、次第に暗さを増していく階段を降りる内に、恒河沙の言葉数も徐々に減っていった。
 どれだけ深く潜ったのか感覚では判らなくなり、周囲の湿気が体にまとわり始める。
「………灯り?」
 目を凝らして正面を見つめるミシャールの目に、薄暗い中に微かに揺れる赤い光が見えた。
「着いたのか?」
「そうらしいね。ミシャール、君は後ろに下がってる方が良いよ」
「どうしてだよ」
「女の子だから」
 飛び出しはしないが、自然と一番先頭で様子を確認しようとする彼女の腕を掴み、須臾が自分の後ろへと移動させる。
 ミシャールにすれば納得できない理由では有ったが、此処へ来るまでに見せつけられた強さには逆らえなかった。
 そうして彼女がハーパーの所まで下がるのを確認し、赤い光を目指して降下を再開する。徐々に広がり赤みを増す光がソルティーの目にもはっきりと篝火の炎だと判断でき、同時にその炎に映し出される複数の影が見えた。
「やっぱりね。一気に突入?」
 耳打ちする須臾にソルティーは頷き、片手をゆっくり上げた。
 後ろの居る三人の視線がその指先に集中し、それが前に倒された瞬間ハーパーとミシャールを除く三人が篝火に向けて走り出した。
 最初に地下室に辿り着いたのは須臾だ。
 入り口に配置されていた二つの篝火を蹴倒し、それを勢いで飛び越え呪文を唱える男の腹に拳を打ち込む。
「うひゃっほう!」
 須臾が次の男に向けて体勢を低くして走り出したその上を恒河沙が飛び越え、背中から外した大剣を術者の放った炎に向けて振り下ろして消し去る。
 息のあった二人の傍らをソルティーは走り抜けながら、右のローダーを鞘から解放させていた。
「喰らえ」
 一言だけそう呟くと剣身に闇が灯った。
「“縛られし言霊、その名を放て”」
 一人の僧兵がソルティーに向け手を翳す。高位術者の詠唱は短く、本来ならソルティーに向かって炎の幕が広がっていただろう。
 しかし現れる筈の炎は現れず、困惑する男の胴体には恒河沙の大剣がめり込んだ。
「……なんだ此奴?」
 形だけを作った男に恒河沙は呆け、剣を鞘に収めながらソルティーは「さあ」と肩を上げた。
 周囲に充満していた理の力を総てソルティーの剣が吸収した結果、僧兵達が用意していた法力を増幅する封呪石もただの石へと変わり、彼等自身の力すら半減してしまっていた。
 呪文を唱えても現れない力に戸惑う僧兵を捻る位、須臾達には造作もない。逃げだそうとした先にはハーパーが階段を占拠し、無事に彼等が上へと逃げ延びる事は出来なかった。
 ソルティーは、取り敢えず入り口に居た者を全員床に倒し終えたのを確認して、まだ奥へと続いている赤い廊下に顔を向ける。奥からは低い呪文が聞こえ、其処が最終地点なのは明白だった。
 ただし地下室はかなりの広さと奥行きがあり、壁際に立ち並ぶ柱によって決して視界が開けているとは言い難い。これだけの広さならば入口が一つとは考えられず、階段に陣を構えているハーパー達を呼び寄せ、分断されない手段を執った。

 途中に潜んでいた僧兵は、殆どが恒河沙だけで事が済んだ。
 軽々と振り回す大剣は、どんな魔法でさえも弾き飛ばして効力を消してしまう。僧兵といえども武力はさほどではない。魔法や呪法は当たりさえしなければ意味はなく、次の呪文の詠唱が間に合わなければ終わったも同然だ。
 だがそんな恒河沙のある意味一番の見せ場で、ミシャールだけは露骨に険しい表情を浮かべていた。
「やっぱり……あいつ普通じゃない」
 聖聚理教の神殿で戦った時の事は、何があろうと忘れられない。
 小さな体で縦横無尽に動き回る楽しげな姿には、不釣り合いなほどの大きな剣。その剣が光を放った瞬間の光景は、今でも悪夢のように覚えている。
 強いだけなら悔しさで留められるが、あの時に垣間見た剣の目の異様さだけは、時間が経つに連れまとわりつく恐怖のような感触で残っていた。
「何処が?」
「……あ」