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新世界

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「はい。帝国からミサイルに類似する熱エネルギーの放出があったら、探知機でそれを知ることが出来ます。シェルターに避難していればまずは安全です。しかし、先程大統領も御懸念なさっていた通り、シェルターの増設が間に合っていません」
「何が何でもそちらを最優先させねばならんな。万一ということもあり得る」
 このような事態は早く収束してほしいものだ――大統領はそう呟いて、再び窓の外を見遣った。
 長く伸びゆく雲が見える。悠々と空を浮かんでいる様は、地上のことなど関せずといった風で、少し羨ましくなる。

 不意にこの専用室の扉がノックされ開く。カツカツと足音が聞こえて来て、視線を其方にやるのと呼び掛けられるのと同時だった。
「アンドリオティス長官!」
「ラフィー准将。どうした」
「至急、お話したいことが……」
 ラフィー准将は酷く焦った様子だった。大統領に中座を告げ、専用室から通路に出る。何があったのか問うと、ラフィー准将は失礼しますと耳許に近付いて囁いた。
「本部から連絡がありました。帝国軍がエスファハーンから北上している模様です」


 ついに帝国の侵攻が再開された。
 帝国から事前通達があったかどうか尋ねると、ラフィー准将はいいえ、と告げた。本部には何の連絡も無かったのだという。
「解った。ではこれから言うことをムラト次官に伝えてくれ。私達は全日程を終えて、帰還の途にあるといこと、オーストラリア共和国に到着したら、アジア連邦の機体でそのまま首都に戻るということ。アジア連邦には私から連絡をいれる。そして、中部都市ラシュトに待機している連邦軍をただちに援軍に回してもらうようムラト次官から要請を」
「解りました。すぐムラト次官に連絡を取ります」
 ラフィー准将が敬礼をして、身体の向きを変える。帝国が侵攻したことは大統領にも伝えなければならない。
 それにしても――、遅くとも月内には帝国軍の侵攻が始まるだろう、と数日前にムラト大将と話していたところだった。此方が予想していた時期に攻撃が開始されたことになる。
『油断は禁物だが、宰相やヴァロワ大将が指揮にいないのなら、此方の読み通りに帝国軍は動くかもしれん』
 ムラト大将が言っていた通りだ。今回の戦いに勝つことは出来るだろう。だが、問題はその後だ。
 国際会議で共和国側に賛同する国は半数以上を占めるだろう。今回の戦いの後で帝国に条約を提示する。それを帝国が承諾してくれれば、犠牲は少なく済む。
 承諾しなければ――。
 帝国は抵抗を続けるだろう。それを止めるためにも、此方が帝国に侵攻しなければならない。そうした事態はなるべく避けたいが――。

「大統領。今、本部から連絡がありました。帝国軍がエスファハーンを北上した模様です」
 専用室に戻り、大統領に帝国侵攻の旨を伝える。大統領はすぐさま非常事態宣言を出すよう、各部署に通達しろと秘書官に促した。暫くして、戦線の状況を伝える資料をラフィー准将が持って来る。
 西方警備部のマームーン大将が防衛に向かったという。ムラト大将は帝国軍侵攻の事態に、すぐアジア連邦の援軍部隊に指示を出したようだった。
 既にエスファハーン北部で激しい攻防戦が繰り広げられているらしい。報告によれば、我が軍の方が優勢だという。
 行きと同様にオーストラリア共和国で専用機を乗り換えて、アジア連邦の機体で共和国に着陸する。迎えは来ていて、大統領と共に本部へと向かった。



「レオン。エスファハーンから帝国軍を一掃出来そうだ」
 帝国軍との戦闘開始から三日が経過した。軍本部でギュル大将やハッダート大将と作戦について話をしていたところ、ムラト大将が部屋に戻ってきた。今回の戦闘の総指揮を執るマームーン大将から、連絡が入ったのだという。エスファハーン北部で続いていた戦闘は共和国軍が押し返し、帝国軍を一旦エスファハーンへと封じ込めた。マームーン大将は状況から鑑みて、エスファハーン奪還が可能と考えたらしい。
「解りました。マームーン大将は今どちらに?」
「ラシュトに居る。エスファハーンに乗り込む際には御自身も向かうそうだ」
 ムラト大将は戦況を記した資料を俺に手渡した。現時点において帝国軍十万、共和国ならびにアジア連邦の援軍が三十万――数字の上では勝っている。それに報告書に記された状況から鑑みても、帝国軍の劣勢は明らかだった。あまりに事が上手く運びすぎているのが少々不気味にも思える。
「……帝国軍がエスファハーンを放棄するのは時間の問題、といったところか」
 ハッダート大将が呟く。おそらくな、とムラト大将が応えた。
「ムラト大将。レーダーの方は如何ですか?」
「今のところ何の反応も無い。それをやるのは帝国軍といえど最終手段だろう」
 帝国軍が国際法で禁止されている長距離弾道ミサイルを保有していなければ良いが、それを全否定は出来ない。ムラト次官はミサイル使用の可能性が低いといったが、万が一ということもある。
「たとえミサイルを保有していたとしても、ミサイルを放てば、国際非難は避けられん。帝国といえど全世界を相手にするつもりはないだろうから、ミサイル使用は無いだろう。尤も帝国に侵攻したともなれば捨て身の策も考えようが……」
 ハッダート大将もムラト大将の言葉に賛同して頷く。しかし俺にはどうも気掛かりなことがあった。
「……帝国の軍務長官、フォン・シェリング大将は軍事産業部門を中心に巨額な投資を行っています。投資額までは公表されていませんが、そのなかには宇宙開発部門への投資もあります」
「宇宙開発部門だと? レオン、何処でその情報を」
「以前、マルセイユに行った折に図書館で資料を。宇宙開発の一助となるシステムが完成し、その披露パーティにフォン・シェリング大将が出席したという記事でしたが……。宇宙開発とミサイルは接点のあるもの。その時にはさほど気にしていなかったのですが、フォン・シェリング大将が軍事産業部門に巨額の投資を行っていると知った時から、どうも気にかかるのです」
「だが仮に保有しているとしても、実際にそれを使うかどうかは……」
「ええ。ですがもし、エスファハーンからの撤退が急速であったなら、その可能性も否定出来ません。そして一発目の狙いはエスファハーンかと」
「エスファハーン?このアンカラではなく?」
「おそらく帝国の――いいえ、フォン・シェリング大将と言った方が良いでしょう。彼が保有しているミサイル数は少数ではないでしょう。戦争がこれまで起きなかったからこそ、その期間で彼は武器製造に励んできた筈です。そして彼の狙いはこの国の資源――エスファハーンでの資源はシーラーズに頼っていることを考えると、帝国軍はエスファハーンを切り捨てるでしょう。そして今、三十万の兵がエスファハーンに居るとなれば……」
 ムラト大将は考え込むように顎に指を添えた。ギュル大将が此方を見遣る。
「長官。帝国がミサイルを多数保有しているとしたら、極端な話では全国民分のシェルターが必要になるということになります。急ぎ作業を進めてはいますが……」
作品名:新世界 作家名:常磐