小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

新世界

INDEX|108ページ/154ページ|

次のページ前のページ
 

 シェルター不足の問題は最後まで尾を引くだろう。無い物を嘆いても仕方が無い。ミサイル攻撃を受ける可能性の高い場所――其処を割り出して住民を避難誘導するしかない。
「エスファハーンならびに周辺地域の住民をまず避難させましょう。第一発目はエスファハーンに間違いないと思います。その他の地域は、現段階においては、避難の必要はありません」


 その翌日、マームーン大将によるエスファハーン奪還作戦が展開され、三日後には帝国軍はエスファハーンから完全撤退した。
 予想以上に早い撤退だった。そのことに嫌な予感を禁じ得ないでいたところ、マームーン大将から連絡が入った。ムラト大将と共に通信スクリーンの前に立ち、報告を受けた。
 マームーン大将によると、エスファハーンに入って一日目に帝国軍の劣勢が明らかになったのだという。二日目にはほぼ全域を制したらしい。
「長官。この状況をどうお考えになる?」
 マームーン大将は俺が軍に入った時の上官だった。厳しい方だったが、話の解らない方ではない。叱られもしたが、激励してくれることもあった。
「正直に申し上げて、不気味さを禁じ得ません」
「私もそのように思う。帝国軍がこんなにもあっさりと退くには何か理由がある筈だ、と」
「マームーン大将。本部から避難命令が出たら、直ちに全軍をエスファハーンから引き、カーシャーンに設置したシェルターへ避難して下さい」
「……やはりミサイルか」
「最悪の事態を想定してのことです。それが起こらないことを願っていますが……」
 マームーン大将はすぐに了解してくれた。カーシャーンのシェルターまでの詳細な地図を送信します、とムラト大将が告げてスクリーンの前を離れる。すぐ後ろに置いてあったコンピューターを動かして、送信作業を進める。ムラト大将がレオンと俺の名を呼んだ時だった。マームーン大将は眉を動かしてひとつ咳払いした。
「ムラト次官。公の場でのそうした発言は感心出来んぞ」
「失礼しました」
 ムラト大将は萎縮して謝罪の言葉を述べる。マームーン大将は礼儀に少し五月蠅い人物だった。如何に後輩であっても職名か階級で呼ぶように――と、以前にもムラト大将は注意されていた。構いませんよ――と俺からマームーン大将に告げると、マームーン大将は言った。
「長官と二人きりの場なら、それをどうこう注意はしない。君達のことは入隊当初からよく知っているからな。だが、ハリール大将達の前でのそうした言動には気をつけろ。虎視眈々と君たちの失脚を窺っているぞ」
「ご忠告、肝に銘じておきます」
 ムラト大将が敬礼して告げる。ではまた連絡をいれる――そう言って、マームーン大将は通信を切った。
「相変わらずだ。マームーン大将は」
 呟くムラト大将に苦笑する。この執務室から将官達のいる司令室に向かおうとしたところへ、ハリム少将がノックもせずに入って来た。
「ハリム少将。せめてノックを……」
 ムラト大将の苦言を遮って、ハリム少将は言った。
「閣下……! たった今、監視センターから連絡が……! 帝国で高エネルギー反応を確認したと……!」



 ただちに司令室へと向かい、報告を受ける。監視センターからこの本部に送信された図によると、帝都に近い場所で高エネルギーが発生していることが見て取れる。
「これが長距離弾道ミサイルだったと仮定して、我が国に落下するまでの時間は?」
「まだ発射していないことを考慮すると、試算では三十分とのことです」
 三十分――。
 エスファハーンから軍を退いて、カーシャーンのシェルターまでぎりぎりの時間か――。
「ムラト次官。マームーン大将にただちに避難指示を。ハッダート大将、周辺地域の住民達に外に出ないよう指示を出して下さい」
 二人はすぐに司令室を後にする。被害を最小限に食い止めなければならない。到達予想時刻が十分でも狂えば、マームーン大将達の命が危ない。
 手許にあった電話で大統領執務室に連絡をいれる。ミサイルらしき高エネルギー反応が確認された旨を告げると、大統領は言葉を失っていた。

 時間が五分過ぎていく。ミサイルでなければ良い――ずっとそう願っていた。監視センターと通信回線を繋いだままにして、情報を直ちに此方に伝えてもらう。七分後、監視センター所属の少将がミサイルの発射を告げた。

 息を飲んだ。マームーン大将達から避難した旨の連絡はまだない。到達時刻までどれぐらいかかるか――。
「長官! ミサイル軌道が判明しました。エスファハーンに向かっています。到達予想時刻は今から十五分後!」
「十五分だと!?」
 速い――。
 あまりに速すぎる――。

「共和国領内に突入しました!」

 マームーン大将には先程の連絡の時点で避難を告げるべきだったのか。俺はまた判断が遅れたのか――。

「エスファハーンに着弾!」

 マームーン大将からの連絡はついに来なかった。
 三十万の兵の命がこれで消えてしまったのか――。

「映像を出します」

 スクリーンが切り替わる。黒煙に覆われて何も見えなかった。エスファハーンがすっぽりと黒煙に覆われているようだった。
「レオン……」
「……救助隊の申請をお願いします」
 ムラト次官は解ったと告げて、側にあった電話のボタンを押す。この部屋の電話があちらこちらから鳴り響く。
 帝国はミサイルを使用するかもしれない。それも目標はエスファハーンだ――と、俺はこの事態を読んでいた。それなのに避難指示が遅れたために――。

「長官! 緊急通信が……!」
 ビービーとけたたましい音が響いていた。ハリム少将がそれを受ける。その瞬間、ハリム少将の表情が変わった。
「御無事でしたか……!」
 ハリム少将はそう言ってから、此方を見、マームーン大将です、と告げた。全員が一斉にハリム少将に振り返る。
「長官。マームーン大将が報告をしたいと」
 すぐにハリム少将の許に行き、受話器を耳に当てる。長官――と、マームーン大将の声が聞こえて来た。
「良かった……! 間に合ったのですね!?」
 マームーン大将は、帝国軍が撤退した時、万一の事態を考えて、エスファハーンには一部の部隊しかいれていなかったことを告げた。そのため、本部から避難の連絡を受けた時には、カーシャーンに駐留していた兵にシェルターへの避難を伝えたのだという。
「ではマームーン大将は……?」
 俺と連絡を取った時は、マームーン大将は確かにエスファハーン支部に居た。其処から急いで車で避難したのだろうか。
 マームーン大将はエスファハーン支部の地下にはシェルターが備わっていただろう――と告げた。エスファハーンに入った兵士達は全員、そのシェルターに避難して無事だという。
「そうでしたか……。御無事で何よりでした」
 着弾した当初、轟音が鳴り響いたとマームーン大将は言った。シェルターも激しい震動を感じたというから、被害の程度は大きいだろう。通信器具も緊急通信しか使えない状態らしい。
「マームーン大将。大気も汚染されているでしょうから、暫くはシェルターで待機してください。此方から救助隊を向かわせます」
作品名:新世界 作家名:常磐