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NIGHT PHANTASM

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09.エンド・オブ・サイレンス(1/4)



友達が、動かなくなった。
それは人にそっくりの人形だった。糸が切れて動けなくなった友達は、皆に忘れ去られて埃をかぶってきっとこれからもこのままなんだと思った。
ふざけてみせても笑わないし、悪口を言っても怒らない。ちょっとからかっていじめても泣かない、見つめても喋らない。
いつも、動かなくなったものは木でできた変わった形をした箱に入れられた。でも、今回は黒い、ふたをずらすたびに重い音の響くものだった。
どうしてなのか、アンナが同じような黒い服を着た母親に聞いていた。何度も何度も、答えが返ってくるまで聞きつづける。
やがて、聞こえてくる返事。『アンナ』のふりをした『ルイーゼ』はそれを、不思議そうな顔をして聞いて、それでも理解しようと悩んでいた。
――あの子は、この村で一番大きな家に住む子だったから。
広くなだらかながらも傾斜をつけて広がる丘の上、そこは空に一番近い場所でもあった。そこからなら、村だって、誰かの壊れたしるしだって見渡せる。
お揃いの黒いワンピースを着て、私とルイーゼは黒い箱の表面に浮き立つ純白の十字架をなでながら、そっと言った。
さよなら。

青い空を見上げながら、その友達はよく丘の上で一人絵を描いていた。
村外れのこの場所には近づいてはいけないと大人はいうけれど、それでもそっと足を踏み入れると、そこにいつもあの子がいた。
いつも同じ風景を描いて、何の意味があるの? と、何を思うわけでもなくただ興味のままに聞く。すると、こう答えてくれた。
――覚えていたいから。風景は変わっていくけれど、自分が変わる前の風景を覚えていれば、それはずっと自分の中で生き続けていくから。
その頃は意味がまったくわからなくて、何故だかそれがおかしくて、二人で笑った。
じゃあ、私達も描いてくれるの? 覚えていてくれる? おとなになっても、こどもの頃の私達は君の中で生き続けていられるの?
『君』はうなずいた。けれど、すぐに困ったような表情をして、私とルイーゼの顔をかわりがわりに見た。
――うん。でもね、どっちがどっちか、ってことはわからないかもしれない。それでも、許してくれる?
そう言って、描きかけのスケッチブックをめくった。そして、私たちのことを形に残してくれた。これはこれで、面白いかもしれない。
いつも、かわりばんこに『ルイーゼ』と『アンナ』になって皆をおどかすのが好きだったけれど、気付いた。それじゃあ、誰も本当の二人を記憶に残してくれないってこと。


――アンナの意識が、水面に浮上した。
気持ちのいいまどろみに包まれながら、ぼんやりと思う。記憶の海に体を浸からせているのが、こんなにも気持ちがいいと思ったことは、過去にない。
もう少し、ここにいたい。目覚めたくない。
「……どうして、ここに」
いるのだろう、そう考えるとすぐに答えに行き当たった。最後に見た、エルザのアメジストのような瞳に映る深遠。あの底には、きっと何もない。
似ている?
いや、同じだ。負けたことに苛立ちを覚えることは仕方ないにしても、少しの親近感がわくなんて、自分らしくもない。
あなたは冷静さを欠くと周りが見えなくなる――そう咎めたのは、マスターだった。だから、ブレーキ役としてルイーゼとできるかぎり一緒に行動しろと付け足された。
そこに続いた蛇足ともいえる言葉を、自分はまだ覚えている。
――直せとは言わない。それが、あなたに残る人間らしさと言えるから。
「人間……」
そうあることと、亡霊であること。さして違わないと思っていたのだが、それはどうやら間違いらしい。胸に残るしこりを確かめながら、改めて思う。
生まれ変わる前の自分は、完全に人間だった。
誰か、覚えていてくれているのだろうか。
自分が、親という名の誰かに望まれ生まれたこと。それを喜んでくれた人がいたこと。絵を描いてくれたあの子なら、まず間違いなく知っている。
今の自分ではない、別の人間に等しい自分を、心の中で生かし続けてくれている。
どこにいるのだろう。
「ああ、そうか……土の下、なんだっけ……」
しかし、異邦人のパスポートと同様、ルイーゼとアンナという双子が生きていたことを証明してくれる『絵』があるはずだ。肖像画というべきなのだろうが、どちらでもいい。
それだけではない。
日々少しずつ蘇る記憶のピースが、はめられていく。当時人間として育った村は、時間の流れもゆるやかな観光地ともほど遠い田舎だった。
賛美歌を教えてくれたおばさんが、季節が変わるたびに街へ買出しに出かけるため、それを待って二人でわがままを言って一緒に連れて行ってもらったことがある。
つまり、村の自給自足では補えないものがあったということだ。文明の利器かもしれないが、それを造る技術も設備もなかったということか。
出かけた街の名前さえわかれば、故郷はもうとらえたも同然――だというのに、思い出そうとしても頭が痛むばかりで何一つとして手がかりが出てこない。
その先に、鍵をかけられたように。鉄格子を外そうともがく、罪人のように。
記憶の海に繰り出すのは、目覚めてからのほうがずっといい。しかし、探し歩いているうちに自分が今どこにいるのかもあいまいになってしまった。
とにかく、絵だ。
絵が、村に住む人々が、自分達を覚えてくれている可能性がある。記憶の中で、ルイーゼとアンナという――亡霊ではなく、人間が生きているという証拠が。
何故求める?
自分達には、マスターという母がいるではないか。何故、通り過ぎてしまった生前に残した価値のないものを探す?
「……」
確かなことが一つある。エルザを見た時、感じた電流のような衝撃。空虚で、生きる執着もなければ、死ぬ気力もなく、ただ命じられるがままに動く機械人形。
もしかすると、自分や姉もそう見られているのかもしれない。自分達が、気付いていないというだけで。
それならそれでいい。
何と思われても、自分達はここにいる。それでいい。
けれど、いったい何が原因でそうなったのか。エルザがあの状態になるまでに、何があったというのか。きっと、彼女はそれを知ることが叶わない。
しかし、自分と姉ならば見つけられる。あてもなく彷徨う闇の向こうに、追憶の扉が見える。可能性が導くとすれば、自分はそれを見てみたい。
存在ではなく、六十六億の中にちっぽけな命として肩を寄せたそのルーツを、辿ってみたい。
まだ、未練にも似た意思が残っているうちに。迷えるうちに、探したい。
エルザのように、何も感じなくなり、完全なファンタズムと化してしまう前に。最終的にそうなってもいい、だが、その前に自分の目で確かめたい。
「……姉さん、私……間違ってないわよね」
水面へ伸ばしたさまよう手を、誰かが強く握ってくれた。それが姉のものとさとり、アンナは泣きそうになりながら微笑む。
マスターを裏切るわけじゃない。
けれど、完全に自分が自分でなくなってしまうまえに――引っ張られた手、近づく水面、目覚めの予感にアンナはそっとまぶたを下ろした。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴