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NIGHT PHANTASM

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08.ビッテンフェルトの黒百合(5/6)



「エルザという名前は、私が与えたんだ。彼女が……ベアトリーチェ=ビッテンフェルトという人間が、生まれ変わるために」
「……?」
「あの子は、少し前までスナッフ・ムービーのフィルムの中に生きていたんだ。ビデオはいくつか見たが、まるで機械人形のようだった。命令されれば殺すし、命令されなければ虫も殺せないような顔をしてみせる」

――ベアトリーチェ=ビッテンフェルトは、双子の妹として、そしてそれ以前に人間としてこの世に生を受けた。
だが、生まれてすぐに父は姿をくらませてしまう。意思もしっかりし、何事にも興味心を抱くようになった双子は母に何度も問い続けた。お父さんはどこ、と。
そのたびに、母は『明日には戻ってくるわ』と返し、二人を抱きしめた。今日を過ぎれば、明日だった日が今日になる。幼い二人に、そこまでの理解は不可能だった。
ほどなくして、その母も買い物に出たまま帰ってこなくなった。『すぐに帰ってくるからね』という言葉を信じ、二人は明日を待ち続ける。
明日がくれば、父が戻ってくる。明日になれば、母もこの家に戻ってくる。だというのに、いくら追いかけても明日は明日という形で二人に救いを与えてくれなかった。
明日を夢見て眠り、目が覚めると明日はまた遠い場所にあった。いくら走っても、決して追いつけない月の裏側に。
ある夜、ビッテンフェルト家を全焼する火事が起きたが、二人の亡骸は見つからなかった。
ひどい火事だった、と噂する近隣の住民がとらえる、ビッテンフェルト家の面影はいつしか薄れていき――全員分の墓がたてられたあとは、完全に忘れさられることとなる。

ベアトリーチェであることを捨てたエルザは、過去のことを覚えていないという。当たり前だ。生まれる前のことなど、覚えているはずがない。
厳しい環境の中で鍛えられ、教育され、いつしかスナッフ・ムービーに出演する殺し役として――ビッテンフェルトの黒百合としてスナッフの類を好む者達に衝撃を与えたことも。
だが、一つ覚えていることがあるという。
それは夢かもしれない。生まれる前に、胎内で見た幻かもしれない。
「姉さんを、最後に殺せって言われたの……だから、殺したの。言われた通りに、そうしたら、皆喜んでくれたの」
つがいを失った鳥は、墜ちた。
それが、ベアトリーチェの最期だった。

「人間なんかに生まれなければ、よかったのにな」
「そうかしら」
「そんな儚くも愚かなものに生まれなければ、こんな世界のありさまを見せることもなかったのに」

――アンナは、大量の出血を覚悟した上で自らに刺さったナイフを引き抜いた。自傷以外でこの身に傷をつけたのは、本当に久しぶりだ。
ぞくぞくとわきあがる愉悦が、アンナの表情を歪ませる。エルザなら、同じ技をもって自分を殺してくれるかもしれない。そして、自分も彼女を殺してしまえるかもしれない。
瞳に宿った黒い炎は、どこか二人に共通しているように思えた。暗闇の中でもわかる。エルザの紫水晶のような瞳の奥に宿る、亡霊の輝きが。
「貴方も、また……」
ファンタズムなのね、と続ける必要はなかった。向かってくるエルザを迎え撃ち、腕に幾重もの切り傷を与える。じりじりと焼けるような痛みは、エルザの行動を阻害するに違いない。
彼女の戦い方は、狂犬と化したアンナを満足させるに値するものだった。レンフィールドに教えられたのか、人体の弱点を知った上で大した選択ミスもなく動いている。
無駄なく、最小限の動きにとどめるのはナイフに限らず共通だ。その上それを意識しすぎることもなしに、動きのしなやかさを失わないあたりは、まるで見世物のような――つまりは、パフォーマンスじみた美しさを感じさせた。
幸いなことは、やはりエルザの体格だ。生まれて十年ほどでは、成長できる要素にも限界がある。可能性こそあるが、それはこれから先の、未来の話だ。
アンナも年齢と流れる西洋の血筋を踏まえると小柄の範囲に入るものの、それでも比べるとエルザの身長は彼女の胸ほどしかない。
必然的に、手足の長さも違いが出てくる。
つまり同じ形の蹴りを行うにしても、リーチの差が出てくるのだ。誤差が命取りになるこの場では、それが大きく響いてくる。
体術における力のいれどころは理解しているようだった。当たらなければしつこい追撃もないが、当たるとなかなかの重さと衝撃を伴いじわじわと体力を削いでくる。
しばらく、つかず離れずの互角状態が続いた。
ナイフが空を切る音だけが辺りに響き、何十分経過しようと互いに息を切らせる様子はない。
「……」
ふと、やりとりから身を引き、エルザはそれなりの距離をとって構えたまま動かなくなった。
見え見えの罠か、と察したアンナも同様に距離を縮めることなくその場に立ち時を待つ。エルザは、その双眸の向こうにただアンナの姿だけを映した。
「……ん」
「……?」
わずかながら、エルザの唇が動く。息を整えたように見えたが、それにしては動き方に違和感が残る。
アンナが、繰り返されるそれを読唇術だと気付くまでに少々の時間を要した。観客に聞かれないようにと、声なき声で少女はささやく。
「姉さんと、呼んでいるの? もう一人のこと」
「……ええ、そうだけれど」
「私もかつてそう呼んでいたわ。でも、気が付いたの。二人なんかじゃない、私と姉さんは一人なんだって。半身が死ぬと、残りもまた死ぬんだって」
「ちょっと待って、あまり難しいことは聞き取れない……」
「もう、落ちる場所なんてないと思ってた。けれど……見えたの、もっと、暗く深い……」


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴