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NIGHT PHANTASM

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07.I'm here(3/6)



血の海だった。
そこに、人間が二人溺れている。苦痛と恐怖に顔を歪めたままで、硬直したそれは――他の誰でもない、ルイーゼとアンナの両親であった。
ルイーゼは信じられないとばかりにその現実を焼き付けた後、泣き出したアンナを後ろの廊下へと押し戻した。
見せてはいけない。
アンナがこの現実によって壊れてしまわないように、自分がしっかりしなければいけない。
「無理をするものでは、ないわ」
女がそっと触れたルイーゼの肩は、小刻みに震えていた。いったい、自分達が何の罪を犯したというのだろう。
先ほどまで、ほんの数時間前まで、自分達はいつも通りの日常をおくっていた。決められた幸せが、平等に明日も明後日も降り注ぐと信じていた。
眠れば、望んだ朝が来るだろうか。
起きがけのまなこをこすりながら、父と母の笑顔を見る。仕事へ向かう父を三人で見送った後、しばらくすると村のおばさんが自分とアンナを迎えに来てくれる。
そしてある時は学校へ、ある時は教会へ、ある時は広場へ――まれに、街へと連れていってくれることもあった。
都会の色鮮やかな色彩は、踊りだしたくなるような音の奔流は、家族と一緒にいる時間の次に、楽しかった。
わざとおそろいの服を着ていくと、声をかけてくれる人もいた。こんなにうりふたつのかわいい双子を拝めるなんて、いいことがありそうだと笑ってくれた。
もう何も戻らない。
もう何も帰らない。
「どうしたら、いいの……誰が、父さんと母さんを殺したの」
「……それは」
「殺してやる!」
肩に置かれた手を振り払って、ルイーゼは悔しさを声に変えて叫んだ。
驚いたのか、アンナが嗚咽まじりに泣く勢いを強める。それが、ルイーゼの中に芽生えた憎悪を大きく醜いものにした。
「許さない。殺してやる、父さんと母さんを殺した奴を、絶対に許さないッ! 地の果てまででもいい。追いかけてやる……殺すんだ……」
「落ち着きなさい」
「うるさい!」
「落ち着きなさい! 運よく助かった命を無駄にしないで。復讐は復讐しか生まない、憎しみは憎しみを呼んで、きりがない……わからないの?」
女に尋常ならぬ力で動きを封じられたまま、ルイーゼはただ涙だけを流した。
そんな理由で、この恨みを消せというのか。罪を許せというのか。自分とは関係のないことだから、そんな無責任なことがいえるのだ。
この女が、両親を殺していないという証拠はどこにもない。
騙されているのかもしれないのだ。
こんな夜遅くに、見知らぬ家に無断であがりこむ人間を信用できようか? それ以前に、日が落ちてからはこの周辺には人一人通らないはず。
「お前が、殺した」
「……」
「お前が、私とアンナの全てを奪ったんだ……殺してやる、殺してやる……」
「そう思うのなら、殺してみなさい。死なないから」
「え?」
女の声に、嘘をついているという後ろめたさは全く感じられなかった。ルイーゼが見上げると、優しくも厳しい双眸がこちらをまっすぐに射抜いている。
瞳はわずかに、闇の中でもわかるほど赤みを帯びていた。
「それで、満足するのであれば構わない。憎しみが消えるまで、私を殺し続けるといい」
拘束を解き、女がルイーゼに差し出したのはナイフだった。そう大きくもない、軽めのものだったが刃の鋭さは子どもでもわかる。
「刺しなさい」
「え……」
「私を、そのナイフで刺しなさい。できないの?」
「……」
「憎いんでしょう。辛いんでしょう。犯人がわからないのは、もどかしく悔しいでしょう。ならば、私を犯人に仕立てて、殺しておしまい」
ルイーゼの手が、がたがたと震える。
先ほどまでの言葉は、嘘ではない。確かに、強く醜い殺意を抱いている。だが、いざそれを向けてみせろと言われると、不思議と体が動かない。
怖いのだろうか。
わからない。自分が何を考えているのか、わからない。確信が持てないとはいえ、ここまでためらうことはないのに。
「死なないって、保証はどこに?」
「私は人間ではないから。……それだけよ」
「……人間じゃ、ない……」
「私も聞いていいかしら? 私を刺して、憎しみをぶつけて、からっぽになった後はどうするの? 生きる気力が、残ってると思う?」
答えられなかった。
アンナも、泣きながら二人のやりとりをしっかりと聞いているらしい。同様に答えられないようで、うつむいていた。
もう、行く場所も戻る場所もない。
思いの墓場を作るのは簡単だ。だが、それでは心にしこりを残したまま。肝心なものは、一つも消えないまま残留し続ける。
「……私に、これ以上できることがあるとすれば、あなた達を殺すことだけ。そして、生まれ変わらせてみせる……それだけよ」
「生まれ変わる……?」
「そう。そうすれば、行き場のない憎しみも悲しみも消えるでしょう。そのかわりに、今手の内に抱えている全てを失うことになる」


数日後、匂いをかぎつけたマスメディアはこう報じた。
『平和な田舎で起こった、一家を狙った凄惨な殺害事件。目撃者は皆無、娘二人は行方不明、犯人は現場で自殺』


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴