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NIGHT PHANTASM

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06.予感(1/3)



思えば、長く生きすぎた。
表も裏も何も知らなかった若い頃は、人間の寿命のなんと短いことかと心底驚いた。自分が吸血鬼だと明かしても、受け入れてくれる人間はいた。
だが、その幸せは長く続かなかった。
姿かたち変わらぬ若いままの自分と違い、人間はまばたきの合間にも秒単位で老化していく。そして、自分を置いて死んでいく。
生まれ変わったら、自分を探してくれと最期に願いを口にした者もいた。
人間の寿命が短いのではない。
自分が、この世界にとって異端なのだ。
生まれたくて吸血鬼という、人外の化け物と称される存在に生まれたわけではないのに、現実は平等ではあるが公平さなんてみじんも感じられない。

「……」
いつもの椅子に座り、両の指をからめながら、ティエは双子の帰りを待っていた。
一人でいると、考えなくていいことまで考えてしまう。帰る場所のない二人は、自分のもとへ戻ってきてくれるだろうか。
いつもはふもとの街で軽い食事をとり、必要なものがあれば買い足して日が傾く前に帰ってきていた。だが、今日は少し遅くなると言っていた。
どうしてだろう。
不思議な、胸騒ぎがティエの内から消えないのだ。孤独を感じる時に限って、ティエのそばには誰もいない。
同じ館内にいることはわかっているのに、ジルベールのもとへ動く気すら出てこない。体が、ひどく重い。このまま床に倒れこんでしまいたい。


『祈りの家』は、今のような廃墟になってからつけられた名前ではない。
ティエが棲まうこの館はもともと『祈りの家』という名で通っていた孤児院だったのだ。行く場所も帰る場所もない、自分のような存在が集まる場所。
まぶたを閉じれば、今でも鮮明に、それでもどこか遠くおぼろげに聞こえる。
子どもが廊下を走る足音。
嘘のない笑い声。
機嫌を損ねたのか痛い思いをしたのか、泣き叫ぶ幼子。
この孤児院は、他のものとは少し違う、特殊なものだった。いわば、捨て子や問題があると判断された少年少女の隔離施設だったのだ。
娼婦が反対を押し切って生んだはいいが育てきれずに手放した子ども、望まれずに生まれてきた子ども。量産される有機の命。
すさみ爛れた心を持った若者が集うこの孤児院内では、問題が絶えなかった。あまりに人数が多すぎるために十分な食事も用意できず、飢えて死ぬことは当たり前だった。
冬の寒さに耐え切れず死ぬ。
陰湿で悪質ないじめにあい死ぬ。
間引かれるように、強い者だけが生き残る。明日死ぬかもしれぬ身を察してか、禁じていた行為に触れ子どもを残そうと必死になった者もいた。
ここは、祈りの家は――墓だった。
生きながらに、この世界に生きることを許されないものが亡霊として暮らす大きな墓所。

だが、そんな過去を知ってもなお、ティエはこの館が嫌いになれなかった。
できるなら離れたくない。
だが、ここ数ヶ月でナハティガルに標的として――異端者という名の敵として認識されているのは明らかだった。
篭城するには頼りなさすぎる。焦らしか警告か相手は人間を数人けしかけてくる繰り返しだが、上部の吸血鬼を動かされるという危険が常にティエの後ろを追いかけてくる。
ジルベールは銃こそ扱えるが、ただの人間だ。技や数、それに吸血鬼の前では無力に等しいだろう。守りながら戦うには、無理がある。
ルイーゼとアンナの二人も、人並み以上の実力を持っているが元を辿れば殺しのプロである以前にジルベールと同じ人間だ。
吸血鬼をまともに相手すれば、勝てないとみていい。それに、この二人にはハンターの人間を何人も殺してきたという事実がある。これが油断を生みかねない。
亡霊とうたわれた者とて、死ぬ時はあっけなく死ぬ。
「……?」
考えながら、ティエはふと疑問を抱いた。マスターである自分が死んだ時、ルイーゼとアンナはどうするのだろう。
割り切って戦えるだろうか? それとも、怒りのあまり冷静さを失い死に急ぐだろうか。何も感じてくれないかもしれない。
ティエとしては、二人の力で戦い、二人の足で大地に立ち歩いていって欲しかった。明日へ、そして未来へ。異端者といわれても、死ぬまで生きて欲しい。
そのために生きる術を与えた。
そのために二度目の人生を与えた。
「ここを離れて……どこに行けばいい?」
自らに問いかける。
「ただ、私はこの身が滅びるその日まで孤独を埋めたかっただけなのに。逃げろといっても、この広い世界のどこに逃げろというの?」
――独りでは、何もできないこの私が。
顔を伏せる。自分の無力さがどうしようもないほどに憎く、悔しかった。泣きたいと両手で顔を覆うが、一滴も涙は流れない。
終わりのない月の裏側に、やっと自分を迎えにきてくれたと思ったのに。
これで、やっと終わるのだと嬉しくて泣いたあの時から、涙は枯れて流れなくなった。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴