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NIGHT PHANTASM

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04.追う者、追われる者(前編)(3/5)



「ぼっちゃん」
ふと、背後から声をかけられた。ぼっちゃんと称しているのは、後ろ姿ではアンナの性別がうかがえないためだろう。
歳のいった、女の声に思えた。振り返ると、四十を前にしたくらいの、首筋の大きなほくろが印象的な女が立っていた。煙草を手に、複雑な表情でアンナを見ている。
「私?」
「ああ、ごめん。お嬢ちゃんか、後ろからじゃ若いってことしかわからなくてさ」
距離を詰めてくる女。さりげない動作を気取ったのだろうが、そのわざとらしさは完全に看破されている――ことも、気付いていないのだろう。
どういう意図で声をかけてきたのかは知らないが、あまり時間を割けない。ルイーゼとの合流に遅れてしまう。
「いえ、それで……何か?」
「いや、もしかして親を探してるんじゃないかって思って」
「親?」
「知らないのかい? 多いんだよ、ここらは。歳とった娼婦が捨てられる一帯なんて言われてる。ま、その通りなんだけど」
「はあ……」
「それで、たまにあるんだ。顔も見たことのない親が何してたのか知って、あてもなく探しに来る若い子がさ」
アンナは、返事を忘れ黙り込んだ。
知らない過去。
思い出せない生前の記憶。亡霊ではなかった頃の、自分。
記憶の海の深層に、石を投げ入れられたような気分だった。ぽちゃりと沈んでいく石、広がる波紋。底に積もっていた塵が、まいあがる。
「お嬢ちゃん?」
「……いえ、友達がこの辺りに住んでるんです。だから」
アンナの切り返しに、女はふーんと少し驚いたように眉を上げてみせた。そのなりでねえ、と呟きながらアンナのつむじから足元を遠慮なく見通す。
「まあ、こういう中性的なのが好きってのは確かにいるわなあ……」
「え?」
「いや、それならいいんだ。気にしないで、友達が待ってるんだろ? 行っておやり。はい、おこづかい」
なかば強制的に握らされたのは、紙幣だった。煙草の煙を吐きながら、女は何事もなかったかのように背を向けて去っていく。
そこで、はじめてアンナは気付いた。自分の手を取り、包んだあの手のつくりは、男だ。思えば、声もハスキーがかっていてわかりにくかったが男らしさを帯びる声だった。
取り残されたアンナ。目を開けたまま短い夢を見ていたような、そんな不思議な感覚を覚えながら、紙幣をコートのポケットに突っ込んだ。


「……髪の短い方が、A地区に入った。そっちはどうなってる?」
携帯電話を耳に当てながら、男は周りに響かない程度の音量で言った。重低音のきいた、唸るような声。短く刈り上げた髪を空いた手で触れながら、もてあますように返事を待つ。
「待て。髪の長い方が先行していたはずなんだが、姿が見えない。追うのはいいが、路地裏に入るんなら気をつけろよ」
「了解」
通話を切り、電池の残量を確認する。電話は想像するよりずっと、電池を消耗するものだ。太い指が、操作の邪魔をして隣のボタンまで一緒に押してしまう。
男は苛立ちを隠しながらも、軽く舌打った。しかし、現実は小説より奇なりというべきか、不思議なこともあるものだ。
祈りの家を根城にする吸血鬼は、ひどく鬼畜で血も涙もないと聞いている。そんな化け物が番犬を飼っていると聞いた時は、男は思わず戦慄したものだ。
男と女という情報しか当時は存在せず、それはもうきちがいじみた殺人鬼をはべらせているに違いない、そう思い込み今日の張り込みの前には何度も便所の世話になった。
それがどうだ。
最初に番犬くさい二人組の姿をとらえたブルーノは、それがガキだと驚きまじりの声で言っていた。冗談を言っているのだと思い大笑いしすぎてカフェから追い出されそうになったほどだ。
『ブルーノの鼻は確か』、その事実は知っている。何度か過去に組んだこともあった。
吸血鬼の独特な雰囲気をとらえることは素人でもできるが、吸血鬼に組している人間は別だった。溶け込みすぎて、ブルーノ以外にはまったくわからないと言っていい。
『フリッツ、来るぞ。カフェを正面から見て右の通りから来る、一人はコート、一人はワンピース姿の顔の全く同じやつだ。そう大きくない』
『……』
『フリッツ?』
『あれか? おいおい、ブルーノ、冗談は酔ってる時だけにしろよ。ガキじゃないか、おうおう元気にはしゃいでる。ご苦労なこった』
『馬鹿、逃すなよ。どうせ演技に決まってる。お前、俺の鼻を信じてないのか? あの細長い包み、見ただろ? あれはライフルか何かだぞ』
『馬鹿はお前だ。まあ、追ってはいるが……はは、人形劇を見るんだってよ。俺も自分のガキどもと一緒に見たいくらいだ』
――殺気どころか、訓練を受けた人間特有の、隙を見せないそぶりもない。
どこからどう見ても、無害な若者二人組だ。雰囲気こそ違うが、よく見ると顔は全く一緒といっていいほど似ている。双子コンテストで一等賞がとれそうだ。
だが、一瞬。ほんの一瞬、異変が表れた。
さも気付いているかのように、髪の長い方が冷たいまなざしでこちらを見たのだ。無垢で少し頭の弱そうな笑顔から、転じて悪魔がとり憑いたかのように。


作品名:NIGHT PHANTASM 作家名:桜沢 小鈴