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WishⅡ  ~ 高校2年生 ~

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決 意



「……ごめんね……」
「“ごめん”は言わへん約束やろ?」
 昼過ぎの公園。木陰のベンチで、荒い息の隙間をぬって奏が泣き声で頭を下げる。それに寄り添いながら、航がポンポンと奏の手を叩いた。
「だって……」
 嗚咽を飲み込む奏の肩に、ふわりとジャケットが掛けられる。
「冷えるぞ」
 十二月になったばかりの公園。冷たい風が木立を吹き抜ける。
 慎太郎が奏の身体が冷えるのを心配して掛けてくれたのだ。
「もう少しゆっくりしたら、帰ろな」
 慎太郎が買ってきたホットミルクティーの缶を奏に渡しながら、航が微笑む。
「でも、午後のライブ……」
「今日は中止」
 “な?”と航が慎太郎を見る。黙って頷く慎太郎の腕を掴んで、
「だって、先週も、その前も! ……午後のライブ、僕の所為で……」
 奏が食い下がった。
「気にすんなよ」
「だって……僕……」
「ライブより、奏の身体の方が大事やん」
「……でも……」
「朝は出来たんだから、今日はそれでいいじゃん」
 二人の言葉が嬉しい反面、自分に対してのもどかしさが増していく。
「……僕……」
 なにか言いたいのに言葉が見付からなくて、奏は空白の言葉を飲み込んだ。
  

「朝……」
 帰りの電車の中、慎太郎が呟くように声を上げた。
 奏を送っての帰り道、航が黙り込んでしまった。慎太郎自身も考え事があって黙っていたから、たった今、自分が声を出して沈黙を破ってしまった事がなくとなく申し訳ない気がして、小さな声で呟く。
「朝……のライブさ。来週から、俺達だけでやるか?」
「奏抜きって事?」
 朝の起きぬけに、これからの季節の冷たい風が奏の体調に影響する事は間違いない。午前中は家でゆっくりして体調を整えて、それからライブ。きっとその方が奏も楽だろう。
「こないだ、奏の書いたスコアをなんとなく見てたわけ。そしたらさ……」
 三人で作った曲、全て、二人でもちゃんと演奏が成り立ち、ハモリも違和感なく歌えるようになっていた。三人でも二人でも、イメージが大きく変わる事無く演奏できるように作られているのだ。
「あいつ、自分がいなくなっても俺達だけで続けられるように……」
 慎太郎が窓の外を見ながら、膝を強く掴んだ。
「……きっと、もう、見えてるんや……」
 頻繁になってきた発作。最近は、週の半分も学校へは来れない。こんな状態で自分の死期に気付かない筈はない。
『次は……』
 車両放送が、降りる駅名を告げた。駅が近付き、慎太郎が席を立つ。その手を掴んで、
「病院、行こ!」
 航が慎太郎を見上げる。
「なんか出来る事があるかもしれへん。防げへんのは分かってる。それやったら、少しでも不安とか恐怖とか、俺らで和らげる事が出来るんやったら」
 駅の階段を上りながら、慎太郎がフッと笑った。
「何?」
 ちょっとムッとして航が慎太郎の腕を引く。
「お前を送ったら、俺一人で病院に行こうと思ってたからさ」
「なんで“一人”やねん!?」
 拗ねる航。
 航に負担はかけられない。……いや、かけたくない。航が元気に笑っている事が祖父母達は勿論の事、奏にも安心を与えているのだ。下手に負担をかけて、その源がなくなってしまっては元も子もない。
 そんな事を考えながら階段を降りる慎太郎の頭を航が後ろからコツンと叩いた。
「俺かて奏の友達なんやから、シンタロ、一人で背負うなや!」
「……って、お前」
「“お子ちゃま”ちゃうから!!」
 そう言って拗ねる姿は“お子ちゃま”なのだが……。
「心配なんは、俺かておんなじなんやから!」
 その真剣な表情に、
「……だな……」
 慎太郎が笑って頷いた。
  

「♪ ……10年未来……僕は」
 ベッドの中、ほのかにベージュがかった天井を見詰めながら奏が歌う。囁くように歌うその声は部屋の外へ聞こえる事はなく、溢れた涙は目尻から枕へと流れていた。
 今日も先週も先々週も、こうやって二人に送られてベッドへと直行。すぐには動かない重い身体。口をついて出たのは、自分には訪れる事の無い『10年未来』。
「♪ ……僕は……まだ夢を……」
 最後の最後で唇を噛締め、腕で両目を覆う。震える唇から漏れる嗚咽。悔しくて哀しくて……呼吸が乱れる。
「……死ぬのは……イヤだ……」
 治る見込みのない自分の病気を知った二年前。“こんな物か……”と漠然と思った。“死”という物が単語としてしか理解できなくて、実感がなかったのだ。ピアノを禁止され、ただ生きているだけだった日常の中、二人に出会った。高校の前の小さな公園で……練習だろうか……隠れるように歌っていた二人の楽しそうなかお表情を見て、胸の奥で何かが弾けた。それが何かを知りたくて二人を追いかけた一年。ようやく見付けて、二人の演奏を聴いて、胸の奥から弾けた筈の物が温かく熱を持つ。
そして、
『奏は、“死ぬ”より怖い事ないの?』
 突然投げかけられた質問。答えに戸惑い、自分の中で自問自答が続いた。自分では分からず、訪れた偶然によって気が付いた“大事な物”。
 ここ数ヶ月、音楽に携わって生きているのが楽しかった。“死”への恐怖など忘れてしまうくらいに……。
 そんな中、頻繁に顔を見せ始めた胸の痛み。週の半分も行けなくなった学校。演奏のままならないライブ。一週・二週とこんな状態が続いて見付けた、本当の“大事な物”。ピアノがあれば、ピアノさえ弾き続けられればそれだけで生きていけると、“死”など怖くないと……その筈だったのに、重なる発作に“死”が見え隠れし始めて気付いた“死ぬより怖い事”。
「……ずっと、三人で音楽を続けて行きたい」
 一人でピアノを弾くより何倍も楽しい三人での音楽活動。たかが高校生のお遊びかもしれない。でも、そんな自分達の曲を楽しみにしていてくれる人達がいて、その人達にも勇気を貰って、航の笑顔があって、慎太郎の優しさに包まれて、一緒に語れる仲間がいて……。そんな当たり前の事を失うのが怖かった。
 楽しい時間に包まれ過ごす内に芽生えた“生”への執着。発作なんか起こさなければ……身体さえなんともなければ……いつまでも、三人で笑って音楽が続けられるのに……。
「……そうだよ……」
 やっと動くようになった身体を引き摺るように、奏は両親のいるリビングへと階段を下りた。

  
 夕方。
 病院の廊下をトボトボと歩く航の肩を慎太郎が何度も叩く。
「いい加減、機嫌直せよ」
 “分かってたろ?”と頭をクシャ!
「……うん……。そやけど……」
  ――――――――――――
『よくやってくれているよ。今のまま、変わらずに藤森くんの傍にいてあげて欲しい……』
  ――――――――――――
 三人でいる事で、精神面も身体面も安定が保たれていると医師達は言う。だから“今のまま、変わらずに……”と。
 これ以上、何かが出来る訳ではない、と、心の何処かで分かっていた。けれど、時間が経てば何かが変わっているかもしれない。何か、出来る事が増えているかもしれない。そう思ったのだ。
「このままやと、奏、卒業までは……」
「……分かってるさ……」