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Under the Rose

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01.双星児(4/4)



『――わたしは』

「……えっ」
帰り道。
時間帯が時間帯なこと、そして二人がわざと人通りの少ない道を選んでいるせいで、辺りには人影一つない。
耳に入るのもお互いの声だけ。
それだけのはずだった……が、その時桂の耳に『入るはずのない音』が入った。
あまりにはっきりとしたその声に、桂は違和感を感じ歩みを止めた。
「桂ちゃん?」
気付いて、すぐに沙耶も立ち止まる。
振り返り、何度か辺りをきょろきょろと見渡す桂。だが、そこには人影どころか人の気配すらない。
消えない違和感を拭うために、「ちょっと待って」とつぶやいた後、桂は静かに両のまぶたを閉じた。

ゼロになった視界の中に、ノイズが入るかのようにわずかに見える光景。
細い糸をたぐりよせるかのように、その光景を逃がさないように自分の内へと誘い込んでいく。

――以前から、桂は『人の記憶や感情を"見る"こと』ができた。
ただし、それはその記憶、感情を持つ人物を目の前にした上での事であり、誰も居ない場所でいきなりそのようなものを
拾うことは過去には全くなかったことだ。人の想いが積もっている場所でなら、ありえないこともないのかもしれないが。

「(誰……)」
だんだん、視界がはっきりとしてくる。
薄暗い。きっと夜なのだろう。どこかの通りか何かだろうか、せわしなく通行人が視界を横切っていく。
若者から老人までさまざまな人が目の前を通り抜けていくが、誰一人として記憶の主に視線をやることはない。
まるで、そこに存在していることが認識されていないかのように。
ある者は友人と楽しげに笑い合いながら。また、ある者は待ち合わせでもしているのか切羽詰った様子で。
視界が、記憶の主に近づく。
「(……)」
その人物は、暗がりにしゃがみこんでいた。
もう秋も終わろうとしているのに、履いているのは飾り気のないサンダル。
長いスカートのようなものから、白い足首がわずかに見えている。
黒い手袋、袖を通さずただ羽織っているだけの白いコート。
もう少しで顔が見える――というところで、鮮明だった視界に突如ノイズが走る。
その雑音はあっという間に広がり、ピントが顔に合ったその時にはほとんど判別がつかないまでになっていた。
記憶の主が、言葉を口にしはじめる。

『――て』
「(何、聞き取れない……!)」
『たすけて、』

「桂ちゃん、桂ちゃん!」
「っ!?」
沙耶の呼びかけに、桂の意識は一気に現実へと戻された。
一瞬目を見開き、その後何度かまばたきを繰り返す。そこに映っているのは、さきほどまでの景色。
違うとすれば、少しばかり陽が強くなっているかもしれないところだろうか。
「どうしたの?」
「いや……別に……」
話すべきか迷った桂だったが、結局そのことは自分の心の内にしまうことにした。
たった今まで見ていた記憶が、自分へと向けられたものだという保証はない。ただ、ただこの場所にとどまっている
だけのものかもしれないのだ。そしてそれを自分が勝手に拾い上げてしまっただけかもしれない。
それならば、その記憶に必要以上に気をとどめる必要はない。

「姉さん」
「うん?」
「ちょっと考え事をしてただけだから、大丈夫。帰りましょうか」
「そだねー」

再び肩を並べて歩き出す二人。
桂は、その場に先ほどの不思議な出来事を全て置いていった。

ただ。
ただ、その記憶を見たことによる『違和感』だけは、どうやっても拭うことができなかった。


作品名:Under the Rose 作家名:桜沢 小鈴