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拝み屋 葵 【壱】 ― 全国行脚編 ―

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望郷


「あんなぁ、事情があるんやろけどな? 場所だけはわきまえなアカン思うで」
「お嬢ちゃんが言いたかこつも分かるばってん……」

 二人の言い合いは、こんな調子で十五分以上が経過していた。
 ちなみに、すでに夜中である。
「世の中っちゅうもんには、どないな事情があっても許されへんことがあんねん」
 緑のミリタリーパンツに同じく緑のタンクトップ、羽織っていた上着を腰に巻いている女。

「そぎゃんこつ言われても、どぎゃんもこぎゃんもしょんなかとよ」
 その相手も同じく緑。服が、ではない。
 身長は小さく、子供ぐらいの背丈しかない。
 黒い髪が頭頂部をくるりと囲んで生えている。そう、その中央部分には生えていないのだ。
 目玉は大きく、そのほとんどが黒目。
 鼻はなく、小さな穴が二つ存在するだけ。
 唇のような柔らかい部分はなく、やや軟質のクチバシのようになっている。
 背中には亀甲模様が浮かんでいるが、甲羅のように硬くはない。
 五指の間には、水掻きがある。

「河童が山の上にいてたらアカンやろー!」

 カンやろーー
 ンやろーー
 やろー

 山彦だ。



 氏名 三宮 葵
 年齢 二十三歳
 性別 女
 職業 拝み屋

 彼女は現代に生きる陰陽師。
 祈祷祭祀なんでもござれ。オカルティックな依頼があれば、日本全国津津浦浦どこであろうと訪問するのが彼女の流儀だ。正確には彼女の師匠の流儀であり、彼女はそれに従うだけだ。
 
 今回彼女の師匠が持って来た仕事は既に片付いていた。
 九州は熊本県阿蘇市一の宮町に、仙酔峡(せんすいきょう)と呼ばれるそれは美しい峡谷がある。仙人でさえもその美しさに酔いしれるのだそうだ。
 今回の仕事は、そこに住む仙人のところへのお使いだったのだ。

 葵は山が好きだ。
 山だけではなく自然全般を好んでいるのだが、その身のすべてを自然の中に埋没させることができるために、特に山が好きなのだ。

 火の国と呼ばれる熊本県。
 日本国最初の正史である日本書紀には、景行(けいこう)天皇が不知火に導かれて上陸した場所を火の国と名付けたと記されている。
 ただし、この火の国が示す範囲は、現在の熊本県だけに留まらず、佐賀県、長崎県にも及んでいる。後に肥の国と改められ、肥前と肥後に分けられた。

 ともかく、師匠が持って来た仕事は終わっている。

「おいがこげな山ん中おるんたぁ、理由があるとばい」
 河童は地面にせり出した木の根っこに腰掛け、話し始める。
 どうやら、葵を『話し相手』として認識したようだ。
「その話、長いんとちゃうやろな?」
 葵は隣の木の根っこに腰掛けて、諦めた。
 何をか?
 いろいろだ。
「おいはね、おちこぼれやけん、天の川から流されたとばい」
 それを聞いた葵は、声の主に驚きの表情を向ける。
 全身緑色の声の主は、自嘲した笑みを浮かべて葵の視線を受け止めた。

「か、河童の川流れ!?」

 *  *  *

 河童は天の川に住んでいたという。
 もともと悪戯好きだった河童は、度が過ぎた悪戯で川の主の怒りを買ってしまい、ここに流されてしまったのだという。
「ここで人間ば助けとったら、天の川に帰れるんよ。ばってんが……」
 河童は何百年も地上にいるという。
 自分を見つけられないでいるのではないか?
 そう思った河童は、少しでも高い所を目指し山に入ったのだという。
 同じように天の川から流された者は他にいたのだが。
「だーれも見んよになったばい」
 年に一度、七月七日の夜に天の川からお迎えが来る。
 充分に反省し、人間の手助けをし、役に立った者たちは次々と天の川への帰還を許された。
 そうして残された一人は、葵の目の前で悔しそうに「なぜ? なぜ!?」と叫んでいる。なぜ自分だけが天の川への帰還を許されないのかと、涙を流して天を睨んだ。

「なぁ、オッチャン?」
 葵は河童に呼びかける。
「オッチャンが人助けしてはったんは、天の川に帰りたかったからなんやろ?」
「当たり前ったい。そい以外に理由なんかなか!」
「せやから、帰れへんのと違うかな」
 確信を持った葵の口調に、河童は不快の表情を見せた。
「こん小娘が! なんばわけくちゃ分からんこつば言いよん! だらぁ!」
 河童は葵を威圧したが、当の葵はどこ吹く風。
「ウチな、拝み屋やねん」
「ばっ!? ぬしゃ、陰陽師なん!?」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。

「修行の一環として、全国を回って人助けしとるねん」
 葵は手短に自分の話をした。
 河童は黙ってそれを聞いていた。陰陽師と知ってから態度が急変している。
「そいも修行のための人助けやんか。おいといっちょん変わらんやん」
「人助けのための修行やさかい」
「同じやん」
「違うねんて」
「ばってんが!」
「その違いが分かってへんから!」
「……!!」
 河童は自らの口を紡ぐ。
 ピクピクと動く口の端が、怒りを堪えていることを余すことなく伝えている。
「帰りたいから助けるて、結局は自分のことしか考えてへんのやないんか?」
 葵はたたみ掛けるように言葉を繋ぐ。
「大事なんは、助けたいと思う気持ちなんやないんかな?」
「……わかっちょーよ。そげなこつは」
 河童はポツリと呟く。その声は痛いほどの悔しさに満ちていた。
「オッチャン? どないしてん?」

「人間は河童の力を必要とせんようになったとよ」

 河童は力なく空を見上げる。
 その視線の先には、数多の星が織り成す天の川が輝いている。
「おいは、あそこで生まれてあそこで育ったとばい。やけん、帰りたか。そぎゃん風に思うのはダメとね? おいは故郷に帰りたかよ」
 葵は河童の視線を追って夜空を流れる天の川を見た。
「生まれた場所……望郷の念っちゅうやつやな」
「おいは、帰りたかとよ」
「なぁ、オッチャン?」
 星空から葵へと視線を移した河童は、はっと息を飲んだ。
 葵の瞳の奥に、深い悲しみの光を見つけてしまったからだ。
「オッチャンが生まれた場所いうのは、どないなところやってん? ウチに教えてくれへん?」
「よかよ」
 河童は考えるよりも早くそう答えてしまった自分に驚きながら、自身が生まれ育った故郷の話を葵に聞かせるのだった。
「ウチな、ガキんちょのときのこと、なーんも覚えてへんねんよ」
 葵の突然の告白に、河童は何かを納得した表情を返した。
 葵も微笑み返す。
「親のこともよう知らん。『三宮 葵』いう名前は、お師匠はんが付けてくれはった名前やさかい、ウチは自分の名前も知らんねん。言っとくけど、不幸自慢やないで? 第一、こんなん自慢にならへんわ」
 そう言って、星空にある河童の故郷へと視線を飛ばした。
「せやから、故郷いうんがどないなもんなんか、単純に知りたかってんて」
 潤んだ瞳に浮かぶ星は、この夜の何よりも輝いていた。
「そいは反則ばい」
 背中を丸めてそっぽを向く河童に、葵は悪戯な歩調で二歩三歩と近づく。
「河童のオッチャンは、ええ奴や!」
 バンッと両肩を叩かれ、驚いて振り向いた河童の視界にあったのは、ただ葵の笑顔だけ。
 葵は、にっと白い歯を見せて笑っていた。