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虚構世界のデリンジャー現象

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木虎とストレスと涙の話




「泣く」という行為を木虎は嫌う。
木虎は己が情緒不安定な性質を持っていることを重々承知していた。
些細なことにストレスを感じやすいうえに、それを上手く発散できずに溜め込む事が多い。というよりも、ストレスが極限まで溜まって顕在化するまで己がストレスを感じていることにさえ気づかないという鈍感さだ。
外界に過敏な癖に、己に対してはどこまでも鈍感に出来ていて、その矛盾が木虎を定期的に泥沼に押し込める。
木虎は己を「矛盾の塊だ」と思っていた。
繊細な癖に大雑把、生真面目な癖にめんどくさがりや。
相反する性質を一つの身体に押し込んでいるから、上手くバランスをとることができずに安定しない。
めんどくさい性格だと木虎は己の性格をそう評している。
主観的に物事を捉え感じ行動する己を客観的に捉えるという、既にその時点で己の中で齟齬をきたす事象と常に向き合うというのはなかなかに疲れた。
要するに己は常にどっちつかずで、酷くバランス感覚が悪いのだと木虎は思うが、思ったところで性格というのはそうそうに変えられるわけでもなく、今日も今日とて己の中に生じた矛盾に押しつぶされる感覚を味わいながら、ぼんやりとシャーベットを咀嚼し飲み込む。喉の奥に消えていくひんやりとした感覚。
コンビニに売っているメロンを模したカップに入ったシャーベットは、安っぽい味がして、なんとなく好きだった。
「あ、なんか泣きそう」
「へ?」
「いや、なんかやばいっぽい。限界?が、近い、かも?」
「なんでそんな毎回いきなりかなぁ」
かちりと行儀悪く音を立ててスプーンを噛み締めた木虎に、実験のレポートを纏めていた部屋の主は顔を上げてかくんと首を傾げた。適当に切り揃えられた前髪の向こうで、千代子はあからさまに眉を顰める。
蔑むような呆れるようなその表情に木虎はへらりと笑って見せるとシャーベットのカップとスプーンを置いて、千代子の腕をとった。腕をとって、甘えるように額を擦り付ける。
「ねぇ、泣かしてよ」
「相変わらずのドM発言だよね」
「いいじゃん、泣けないんだもん」
「知ってるけど」
知っている、と溜息をついた女性になりきれていない野暮ったい服装の少女は、木虎の頭を正座した自分の膝に押し付けると、ゆったりと髪を梳いきながら、さて、どうしようか、と思考を巡らせた。
細くも太くもない腰に腕をまわして、千代子の下腹部に木虎は顔を埋める。少女の膝はあまり肉が付いていなくて少し硬かったけれど、その硬さと嗅ぎ慣れた少女の洗濯石鹸の臭いが木虎は好きだった。
洗いざらしのシーツにくるまれているみたいな安心感。
「とりあえず、」
「うん」
「わたし、レポートの提出期限がやばいから膝は貸してあげるから勝手に泣くなら泣いて」
「千代子さん酷い」
「酷くない」
ひどいひどいとぐずる木虎の頭をおざなりに撫でて、少女は宣言通りにPCのモニタに向き直るとかたかたとテンキーに数値を打ち込み始める。しばらく、PCのファンの回る音と千代子の打ちこむタイピングの音だけが室内に響いて、木虎にはその音と耳鳴りの音しか聞こえなかった。
「千代子さん」
「うん?」
「泣いていい?」
「泣きたいんでしょ」
「うん」
「じゃぁ、泣けばいいんじゃない」
うん、と答えた木虎の声は擦れて千代子のタイピング音に掻き消された。

 *

宗田千代子(そうだちよこ/他大学理工学部)

初出:2011/04/21 (Thu)