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虚構世界のデリンジャー現象

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木虎と葛西と先入観の話




「けーちゃん」と呼ばれ、木虎はその場に立ち止まった。
午後を少し過ぎた学内はごった返しているわけでも閑散としているわけでもなく、そこそこ学生に溢れていて一瞬で声の持ち主を探し出すのは若干困難だ。あてずっぽうで適当に声のした方へ視線をやり、木虎が周囲を見渡して声の主を探していると、もう一度「けーちゃん」と呼ばれる。
「けーちゃん、こっちこっち。喫煙所!」
ご丁寧に『喫煙所』という特定の場所を指し示す単語が飛んできて、その指示通りに木虎が学内の片隅に追いやられるようにして設置されている喫煙所の方へ視線を向けると、真っ先にひらひらとやる気なさ気に揺れるピンクラメのネイルが施された指先が目に飛び込んできた。
「やっほー、けーちゃん。元気?」
「葛西」
本日最後の講義を終えて、サークル棟へ向かっていた木虎を目敏く見つけて呼び止めたのは、葛西めぐみだった。
今日もそこそこに派手目な化粧と木虎が女であったら絶対に着ないだろうなというワンピースに身を包んだ葛西は、木虎と目があうとぱっと笑った。
木虎は女性のファッションに詳しいわけではないのでなんともいえないが、いつ見ても葛西のワンピースと煙草を咥える姿というのはミスマッチだと思う。じゃぁどういうファッションの女性なら煙草が似合うのかと問われても木虎にはわからないが。
「けーちゃん、今からお昼?」
「そうだけど。葛西は?」
「お昼のあとの一服〜。けーちゃんもどう?」
とことこと喫煙所の方へ近づいてきた木虎に、葛西は自分が愛飲しているメンソール系の煙草をケースごと差し出した。
木虎としては屋外だから霧散するとはいえ副流煙の漂う喫煙所に近づきたくはなかったのだが、喫煙中の葛西が喫煙所から離れられないので仕方なく喫煙所の方へ出向いただけで、吸うつもりはない。
「俺が吸うのは酒飲んだ時だけだって言ってるだろ」
「そ、」
葛西もただの挨拶ついでだったのか、特に強く勧めるでもなくすぐに煙草のケースはバッグに仕舞って「ちょっとだけ待ってね」と言った。それは木虎が煙草の煙を嫌っているのを知っているからで、葛西の言葉を丁寧に訳すなら「(今の一本だけは吸っちゃいたいから、)もうちょっとだけ(喫煙所にいるのを我慢して)待ってね」ということになる。
ならば最初から喫煙中に呼び止めなければいいと思わなくもないが、それはそれと二人とも思っている。思っているというか、頓着していないというか。
その証拠に、木虎が会話は出来るが会話するには少し遠い煙の来ない位置まで離れていても葛西は何も言わなかった。

「けーちゃん」と木虎を呼ぶ女の名前は、葛西めぐみといった。
木虎とは同じ文学部の史学科に在籍する同級生で、一般教養の時にあったグループ課題で同じ班に振り分けられたのが最初の縁だ。
最初の頃こそ、葛西の派手ともとれる外見に引き気味だった木虎だが、葛西が見目を裏切ってそこそこのヲタクであったことと、軽そうな外見とは裏腹に木虎との距離感を掴むのが上手かったこともあって学科の違う学年に上がった今でも交流があった。
こうやって葛西が通りすがりの木虎を見つけ呼び止めれば、呼び止められた木虎の方も用事がない限りは立ち止まって、長くならない程度の立ち話をする程度には。

くるりと今日も綺麗に巻かれたピンクブラウンの髪の先を暇つぶしに眺めながら、木虎は今日も出会いがしら吐き出しかけて飲み込んだ言葉が胸の内でもやもやと巣食うのを感じていた。
木虎は葛西といる時、特に「女の癖に」という言葉を飲み込むことが多かった。そして、その都度、己の無意識下に強く擦り込まれている「ジェンダー」という概念を再認識することになるのだ。
「なに眉間に皺寄せてるの?」
「いや、今日も吐き出しかけて危うく飛び出す寸でのところでなんとか飲み込んだ言葉をうまく消化できずに困ってる」
「あはは、何時ものやつ?」
吸い終えた煙草を携帯灰皿に放り込みながら、葛西が笑う。
煙草さえなくなってしまえば、そこにいるのは木虎に何の違和感ももたらさない「女の子」で、やはり木虎の中で「煙草」は「女の子」と同じカテゴリにはどう頑張っても放りこめないものなのだと、今日もまた一人再認識する。
「葛西に非があるわけじゃないんだけどなぁ」
「でも煙草やめろっていうじゃん?」
「肌にも身体にも悪いのは純然たる事実じゃん?」
「そーだけどー」
葛西の語尾を真似しておどけてみせる木虎の「肌に悪い」という言葉に嫌そうに眉を顰め、葛西は唇を尖らせる。その日の肌のコンディションは気分をも左右する、というのは前に葛西自身の口から出た言葉だからだ。そして、純然たる事実として煙草は肌に悪い影響しか与えない。
「いーの!ストレスも肌には大敵なの!」
「ビタミン取れよ」
「わかってますー。で、まだ慣れないの?」
「一生慣れない気がする。擦り込みってすごいな」
「ま、いいんじゃない?」
木虎の胸の内に巣食うもやもやなど知ったことかとばかりに葛西は笑って、木虎の隣に並ぶとさっさと歩きだす。その肩の高さは若干木虎よりも高くて、目線も並んでみれば今日は葛西の方が明らかに5?は高かった。
「並んで歩きたくなーい」
「はいはい、嫉妬乙嫉妬乙。で、サークル棟? なんか面白いの入った?」
「ジャンプは確実にあると思うけど」
「やったー!ジャンプ読む!SQあるかな?」
あるんじゃないの?と適当な相槌を打って、木虎はこっそりと溜息を吐いた。
神様、葛西の身長を5cm俺に分けてください。

 *

葛西めぐみ(かさいめぐみ)
文学部史学科、同学年。すいさんのオリキャラ。
木虎と葛西と関係性のテーマは「ジェンダーバイアス」

初出:2011/04/20 (Wed)