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虚構世界のデリンジャー現象

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木虎と千代子と腐れ縁と汚い部屋




うわ、と部屋に足を踏み入れた瞬間声をあげた木虎を振り返って、千代子は不思議そうに首を傾げた。
木虎は玄関先でコンビニの袋を片手に呆然と立ち尽くしている。
狭い玄関(と呼ぶにはいささか無理があるが、玄関と呼ぶ以外には呼び方のよくわからないスペースは人が1人立つのがやっとだ)立ち尽くしたまま、スニーカーも脱ごうともしない木虎のその視線は、1Kしかない狭い千代子の学生向けアパートの室内の床に向けられていて、あぁやっぱり木虎にこの汚さは許容範囲外だったか、と千代子は冷静に判断する。
判断したところでこの部屋の惨状が変わるわけもないので、とりあえず室内に入ることを促そうと千代子は足元に転がっていた洋服を脇に避けた。
「あー、先週忙しくて」
「うん、それはなんとなく察してたけど……。でも、それを抜きにしてもこれはひどい」
「気にせずに踏んでいいよ」
「いやいやいや、無理だからね。踏めないから」
床に散らばっているのは脱ぎ散らかしたまま洗濯機にすら放り込んでいない着衣済みの洋服とレポート課題の実験資料と参考文献と、飲み終えたままやっぱりゴミ袋にすら入れていないリプトンの紙パックと、その他いろいろ。
めんどくさがりやな癖にわりと綺麗好きな木虎の部屋は、常にそこそこ片付いているから、きっとここまでの汚さというものに遭遇したのは初めてだったのだろう。
どうしていいのかわからずに玄関から身動きの取れない木虎からコンビニの袋を受け取って、ろくに食料も貯蔵されていない(ついでにいうと飲み物もない)冷蔵庫の扉を開け、千代子はそこに袋ごと先程購入してきた飲み物と食べ物を放り込んだ。
どうせあとで一緒にとりだすのだからいちいち中身をわけるのも非効率的だと千代子は思っている。木虎に言わせれば、それはただのめんどくさがりのずぼらなだけなわけだが。
「ベッドの方は何とかスペースがあるから、そこまで頑張って」
「いやいや、片付けようよ!今日休みでしょ?!」
「えー…」
「正直、俺もどっから片付けていいかわからないけど、とりあえず千代子さん、窓開けて窓!換気!この部屋空気澱んでるからマジで!」
泣きそうな顔で玄関から指示を飛ばす木虎の言葉に素直に従って、千代子は狭いベランダの窓を全開にした。
そこに干しっぱなしの洗濯物を見つけてしまって、あちゃぁとは思ったがあえて無視して木虎に視線をやる。木虎も千代子と同じものを見つけてしまったのだろう、あからさまに「ありえない」という表情になった木虎と目があった千代子は、とりあえず曖昧に笑ってみせた。
笑ったところで誤魔化せるとは思えなかったけれど。
「千代子さん」
「うん」
「洗濯機、回していいかな」
「あ、はい」
「あと掃除機とゴミ袋!ていうかゴミ袋!お願いだからゴミだけでもまとめて!!!」
腹を括ったらしく、混沌とした部屋に足を踏み入れた木虎に千代子はがっしと肩を掴まれて、思わずたじろいだ。
そんなこの程度の汚さでそんな泣きそうな顔をしなくたって、と思ったけれど木虎の顔は真剣でいっそ悲壮感すら漂っている。
「千代子さん」
「はい」
「お願いだから、掃除させてください」
「あ、はい。こちらこそ、お願いします?」

洗濯機で脱水を終えたまま忘れ去られていた1週間前の洗濯物を発見した木虎が、この世の終わりみたいな叫び声をあげるまで、あと数十秒。

 *

実話に基づいた木虎と千代子さんの話。
木虎は大雑把だけど汚いのだけは許せない。千代子さんの部屋は一言でいうならカオス。

初出:2011/04/22 (Fri)