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小さな鍵と記憶の言葉

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 陶磁のカップが空になったところで、のんびりしたお茶の時間は終わりとなった。《三月兎》は用意した時と同様、手際よく片付けを進めていく。私はその様子ぼんやりと見守っていた。彼の肩越しに窺える窓の外。今が何時なのかは分からないけれど、空の色は曇りの午後のように重い。
「ねえ、三月兎さん」
「ダミアンで結構ですよ」
 窓際の白薔薇の角度を軽く整えながら三月兎は微笑んだ。
「じゃあダミアンさん。少し外を歩きたいんだけど、部屋を出てもいい?」
 私がそう言うと最初から分かっていたように、表情に何の変化も表さないでダミアンは頷く。私だって咎められるとは何となく思ってはいなかったけれど、それでも自分から何かを提案することに対して、慣れない環境の中で少し緊張していた。だからその微笑は、どちらかというと私を安心させる意味があったのだろう。
 振り向いた瞳はやはり穏やかな色。反対に彼の言葉は、例えただの常套句だとしても、約束された自由への安堵と一握りの気構えを私にもたらした。
「勿論です。この城のアリスは貴女ですから」

 部屋の仕度を続けるというダミアンを残し、私は観音開きの扉の外へ。身長の二倍くらいあるそれを開けるのは一仕事だろうと思ったけれど、私が取っ手を握る暇もないままに向こう側へ扉が開いた。
 予想はついていたけれど、部屋と同じように廊下も余すところなく煌びやかだっ多。どこまでも長い廊下にはふかふかの絨毯が敷かれ、天井は見上げるくらい遠い。自分に宛がわれたこの立派なエプロンドレスのこともあって、まるで貴族の娘にでもなった気分だった。こんな建物をどこかで見たことがある気がする。世界史の教科書だったろうか。残念ながら博識とは言い難い知識の持ち主なので、この建築様式がなんというものなのかは思い出すことが出来ない。
 ちゃんと戻ってこれるかな。自分の出てきた扉を振り返り振り返り、何か目印になりそうなものを探しながら歩いていると、ふいに廊下の片隅で声がした。

「ちょっと、貴女貴女」

 振り向くと、扉の隙間から給仕姿の女性がこそこそ手招きをしている。
「そんなところで何してるの。そっちは役職就き以外立ち入り禁止よ」
 扉の向こうにはまた別の廊下が伸びていた。彼女の足元には絨毯は敷かれておらず、確かに此処と向こうは別の空間として区切られているらしい。

「ええと、私は……」
 どう言うべきかとおろおろしていると、給仕の女性が私を見て改めて言った。
「あら、見ない顔ね。もしかして新しいローズ?」
「ええと、まぁ、そんなところです」
 勘違いだけれど、人知れず胸を撫で下ろす。ダミアンから役職のことを聞いておいて良かった。新しい薔薇ということは新入りの給仕ということ。どうやら、制服のまだない新入りだと解釈されたらしい。思わず作り笑顔を浮かべると、今度は別の意味で手招きをされた。
「ちょうど良かった。ベッドメイクの手が足りなくて。手伝ってくれない?」
「え、でも……」
「大丈夫大丈夫。見習いさんに無理は言わないわ。ちゃんと教えてあげるから」


 絨毯のない廊下を歩いていくと、辿り着いたのは客室のようだった。そこには既に数名の薔薇《ローズ》が居て、忙しなくテーブルを拭いたり花を生けたりしていた。
 私はというと、この部屋まで一緒に来たローズに指示を受けながら、客人用の寝台を整える。

「なかなか上手いじゃない」
「そうですか?」
 そうそう、そうよ。と微笑む薔薇達。真っ白なシーツのシワを伸ばしながら、それでもやはり本職のローズの手際の良さに目を奪われる。たとえばこのままメイドさんとして仕事を続けたとして、果たして私はこういう風に仕事をこなすことは出来るだろうか?音もなく枕のカバーを取り替えて、掛け布団は最初から着地点が決められていたように折り込まれていく。
「それにしても、久々に忙しいわねぇ」
 窓を拭いていたローズが、ふと充実感に溢れた溜め息を吐いた。それに飾り棚の埃を払っていたローズと、私と一緒にシーツを広げていたローズが答える。
「そうね。少し前まではベッドメイクどころじゃなかったし」
「ベッドメイキングしても、使う者もいなかったし」
「ウミガメなんて、今日の夕餉はフルコースだ!なんて張り切っていたわよ」
「偽ウミガメにフルコースなんて作れるのかしら?」
「そこはまぁ、三月兎がどうにかしてくださるでしょう」
 くすくすと笑う彼女達の声を聞きながら、きっと《ウミガメ》はコックなのだろうなと考える。この辺りは、あとでちゃんと三月兎に聞いておこう。
 やっとのことで一揃いベッドを用意し終えると、息つく暇もなく隣のベッドに取り掛かる。当たり前のようにローズの手は一秒たりとも疎かにならない。
「それもこれも、アリスが来てくれたお陰ね」
 急に自分が話題に上って、思わず手が止まりそうになる。私の異変には気付かずに彼女達はお喋りを弾ませてる。

「どんなひとなのかしら」
「今度は女の子だって聞いたわ」
「楽しみね。お披露目のティーパーティーはいつだったかしら」