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小さな鍵と記憶の言葉

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 部屋を替わる隙をついて、薔薇達のお喋りからそっと抜け出した。私はまた一人長い廊下を進む。
 時折先刻とは違うローズと擦れ違ったりしたが、今度は声をかけられることはなかった。不審がられている様子もない。それが気を強く持つきっかけになって、堂々とあちこち覗いて廻った。食堂に階段室、何十もある寝室。窓の外には洗濯をする薔薇の姿。大広間。ぐるぐる長い螺旋階段。どれだけ歩いても、見慣れた風景はひとつもない。

 理解できたことは少ないけれど、分かったことは幾つかあった。例えば、この屋敷(城なのかもしれないけれど)には電気が通っていないらしいこと。テレビどころかラジオも電話も、照明のスイッチらしきものはない。つまり外と連絡を取る手段もない。
 そしてもうひとつ分かったこと。
 敷地の中はどこへでも行き来が可能でも、外に出るにはあの高い城壁を越えなければいけないということ。
 壁は敷地を途切れることなくぐるりと囲んでいて、点在している門には勿論門番が付いている。人目に触れずに外に出ることは不可能ということだ。

 ――とは言いつつも。
 私は窓の下の庭園を見下ろしながら溜め息をつく。

(ここに来た時より、不安は無いのよね)

 多分、もう分かってる。
 見聞きしてきたあれこれから、いつの間にか、ここが『私の知る現実』ではないことに疑いを持ってはいなかった。
 本当はそんなもの、あの湖の畔から気付いていたのだけれど、理解と納得は全く別のものだから。

 相変わらず不思議な場所ではある。それでも別に私を監禁している様子でもないし、危害を加えてきそうな気配もない。三月兎も芋虫も薔薇達もいい人のようだし、何より建物中に流れる空気が穏やかだ。
 私が――《アリス》が皆にどんなに待ち望まれた存在なのかは、彼女達のお喋りや表情から切々と伝わってきた。
 これが夢ならそのうち醒めるだろう。たとえ『私の知らない別の現実』、つまりは私の日常から少し遠ざかった場所だとしても命に別状は無さそうだ。不安要素は見当たらない。

 あの、白兎以外は。
 フィンと言う名の、耳の無い黒髪の『兎』。表情の窺えない笑顔と言葉。容姿が良いだけに余計に信用がならない。もしも最初に会ったのが彼でなければ、もう少しマシだったかもしれないのに。
 彼のこともそうだ。まだ分からないことは多い。このお城のこともそう、《白兎》の言葉の意味も、《アリス》が何なのかさえも。

「ワンダーランド、か」

 小さく呟いてみる。この不思議な城の中で、確かなものは何だろう。それさえも分からずに、《白兎》が引き伸ばした帰りの時間を待ち続ける。

 必ず訪れる、いつか醒めるはずの、非日常の終わりを。