小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

天国へのパズル - ICHICO -

INDEX|67ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

piece5 Game over & Play Continue?




 プラスチックを叩く軽快な音が響く。
 カーテンで締め切られた暗い部屋の中で、クローディアは床に座って床に置かれたキーボードを叩いていた。利き手を使ってキーボードを叩いているので操作は容易そうだが、対の手には長い棒を持っている。普段使わない腕がバランスを必要とするそれを持ち上げ、その柄からは光の帯が抜き出て分岐し、平面を作り出していた。そこには数字と文字が並んでは消えていく。
 彼女の目は点滅信号のように変わるそれを追いかけてキーボードを叩き、すぐ傍にある液晶のディスプレイには時間と街の名前、物の名前、地図記号や単語が恐ろしいスピードで並んでいた。
 しかし、文字列が並ぶスピードと比例してクローディアの目付きはどんどん険しくなり、腕が震えていた。光の帯は震えの激しさに揺れないものの、どんどん暗くなっていき、帯は縮んでふわふわと棒の中へ収まっていく。

「ああああああ!!これほんっと重い!」

 ピアノの鍵盤しか叩かない細腕の限界がやって来た。持ち上げていたものを放り投げ、叩き続けたキーボードを押しのける。傍らにいた人間が投げられたものを全て受けとめ、別の人間が遮光カーテンを開く。
 真っ暗だった部屋は昼間の明るさを取り戻し、雑然と散らかった書斎の姿を見せた。部屋の主である釣り目の男が文句を言うクローディアを見て笑い、彼女の眼鏡を差し出した。

「ご苦労さん。」
「ルイス…大丈夫なのか?クローディアに触らせて。」

 長物の入った袋を持ったジンは男に聞いた。

「問題ない。ラルフが居なくても、此処は向こうへの傍聴妨害が掛かっている。あの子の状態も安定しているし、今なら認証接続を消す作業に入って…」
「今日はもう嫌だからね!」

 男たちの言葉を遮って、勢い良くクローディアが叫んだ。

「あのサディスト…死んだって言っても鬼だわ。こんなに干渉コード持ってるものを放りっぱなしにできるなんて、頭おかしいんじゃないの?GPSでの簡易記録を抽出するだけなのに、コード認証と暗号のてんこ盛り!それだけ保護が頑丈だって言いたい訳?誰でも情報拾うだけで脳ミソ吹き飛ぶわよ!ああ!もう!誰がこれを弄るの?!」

 男2人が疑問を叫んだ当人を即座に指差した。
 分かっていた事を勢いのまま吠え、自分でも今更だと思ったらしい。クローディアは黙って頭に付けた小型のヘッドギアを外し、渡された遮光の眼鏡を掛けて舌を打つ。不満げに手の平に付けていたパッチシートを放り投げた。
 投げ捨てられたパッチシートを拾い上げ、ルイスは笑った。

「文句はあるだろうが諦めろ。」
「だからってね、ラルフのは持ち主に似て素直でやり易かったし、ジンが持ってる時計のコードは私の好きなテンポでまとまってたのよ。こればっかりは見ただけで吐き気がしたわ。持ち主の移行作業が済んでいるってのに、どんだけ変調多いの。もー!締める要点が全然判んなーい!」
「使用者の移行によって意図的にプログラムや情報を削る事はあるらしいが…・・状況を聞く限り、あの子はそのままを引き継いでるのかな。偶然にもプログラムの全てを使える適合者をソフィーは見つけたって事か。」

 ジンは手に持った物を眺める。
 袋の形状は変わらない気がするものの、ヨリと初めて会った頃に比べてその丈は短くなっていた。中身が彼女の背丈に合う長さに調整されたのだろう。自分も同じ物を持っているが、これにそんな力があるとは全く知らず、素直に驚いていた。
 普段は醒めた顔をして物事を見る男が驚いた顔をしているのと、楽しい玩具を見つけた子供の笑みを浮かべるルイスが気に入らないらしい。クローディアの機嫌は更に悪くなっていく。

「どうしようもない馬鹿学者との接点はあったけど、あの子とソフィーとの接点は何処にも無いわよ。それが使用者の一目惚れで判る訳?」
「そんな事は俺が聞きたい。こっちは預かってた簡易装置使って、お前の主観で拾った情報でしか判断できないんだぞ。」
「機器があろうが無かろうが、あんたはこのShrineの古い情報を母さんから貰ってるんでしょ。そんなに私から金銭巻き上げたいの?」
「誰がそんな事するか。お前から巻き上げた日には、もれなく死神が付きまとってくるわ。」
「じゃあその死神達にぶっちゃけるわよ、あんたとメイの事。」

 膨れっ面のクローディアを睨み付け、ルイスは言葉に詰まって黙ってしまう。
 一昨日に起こったシークレットガーデンのビル倒壊事件は彼の記憶にも新しく、それの遠因に彼らが関わっていると知ったのは、そこで保護した少女とShrineをルイスのアパートへ運んできた時だった。
 それに問題は無いのだが、彼らが来た時にルイスが不在で、応対したのはこの家の素性を全く知らないメイだった。
 ルイスは仕事も兼ねてクローディアの母親が使っていた隠れ家の一室を貸りている。プライベート・スペースへ他人を入れる事を嫌う彼が、ルカの偏愛対象である姉のメイに部屋の鍵を預けていた事が問題で、ルイスは別段何も聞かれなかったと彼女から確認していたものの、明らかにクローディアはその事を知っている様子だ。
 メイに対して恋愛感情等は無いと言い訳したところで、クローディアと懇意にしているルカにこの事が露呈すれば、まず命を狙われる。人としての命だけでなく、男の煩悩を備えた生命線も含めて。
 彼女の両親を含めて長い付き合いの筈なのに、今頃になってルイスはラルフとクローディアの間には情報の境界が無い事を知った。
 出自が全く違う二人が何の因果か繋がりあい、世界の概念を吹き飛ばしかねない力を持ち、この街の権力の一端を握っている。世の中にはどんな秘密が隠れているのか分からない。ルイスは2人がこちらに歩み寄る希望を捨てずに、溜め息を吐いた。

「だから選んだ理由は本当に分からない。ソフィーの持っていた『Shira-giku』は、引き継ぐ際に以前の使用者を補助処理として使うために生体システムを組み替え、スタンバイ状態のShrineと接続したまま保護をかける。更に、双方に共有されている記録にも保護がかかる。ソフィーがこんな形になった今となっては、何があったのかはあの子から聞くしか無いだろうし、時期を狙ってクローディアの出した情報量を見る限り、あの子は最初から己の自我に関わる部分まで開放しているんだろう。だから今、引き継いだその顛末の全てを覚えている可能性は低い。」
「…言うのはそれだけ?まだあるんでしょ。大体の検討がつかなきゃ、こっちの言葉はみーんな無視する癖に。」

 ジンの持っているものを指差していたルイスを睨み、クローディアは押しのけていたキーボードを拾い上げて構える。ワイヤレスなのをいいことに、目の前の女はそのまま振り回して暴れるつもりらしい。
 ルイスは自分の白金の髪をかきむしる。
 物を壊される以上に、運動音痴な彼女に怪我でもされてはかなわない。それが跡の残る怪我なら、ルイスの元へやってくるのはメイを偏愛する馬鹿ではなく、彼女を愛してやまない別の男に変わる。
 構えるクローディアの手を押さえて、口を開いた。