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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 同時に声を発し、互いを見詰めて“お先にどうぞ”と譲り合う。
「お前、“人だかり”ダメなんじゃ……」
 先に喋り始めた慎太郎の言葉を聞くや否や、譲った筈の航がその言葉を遮るように、隣に腰掛けているその肩を掴んだ。
「大丈夫やから!」
「だって、お前、今……」
  ――――――――――
 以前、木綿花が調べてくれたレポートを思い出す。
『ちゃんと読みなさいよ!』
 “大変だったんだからね!!”と手渡された紙バックを開けると、中にはキレイにファイリングされたレポートが挑戦的な位の几帳面さでビッシリと文字を主張していた。
 航が巻き込まれた事故の詳細から航本人と姉の症状まで、どこで調べたんだか警察か探偵並にしかも専門的な事まで書かれていたのだ。この情報網は一体どこから? と思いつつも、これから一緒にいる限りは必要であろうと教科書よりも真剣に読破した。
 一番の問題は【メンタル面】。すなわち心に受けた傷だとアンダーラインが引いてあったっけ……。
 初めて一緒に登校した日、事故の衝突音で身動きが取れなくなった航。事故当時、眠っていた航にとって“音”だけが記憶に残っている事故の瞬間なのだ。それ故、事故を連想させる大きな音は、そのまま記憶に繋がってしまい、筋肉が硬直する。
 当時の取材の様子もレポートしてあった。入院後のマスコミの攻勢に警察からの警告がなされ、それ以降は記事も途絶えてしまっているが、どこから聞き込んだのか、その時の攻勢が“失語症”の原因である、と。
 先刻振向いた瞬間、自分達が取り囲まれているかのような錯覚に陥った。ほんの一瞬だったが、航が“その事”を思い出すのには充分な時間だったのかもしれない。
 表面的には大丈夫そうに見えて、当人の意識下に存在していて普段は気付かないが実は根が深いのが【メンタル面の障害】なのだと書いてあった。
  ――――――――――
「でも、お前……」
「絶対に大丈夫やから!」
 ……だから、それ以上は言わないでくれと言わんばかりに睨みつけてくる。
「……航……」
「シンタロがいれば、大丈夫やねん。絶対!」
 縋るような瞳に返す言葉がなくて、慎太郎が大きく息をついて再び空を見上げる。木々の間を抜けてくる風が本当に気持ちいい。ふと辺りを見ると、自分達の事になど誰も気付かない様子で談笑しながら通り過ぎて行く人々が目に入った。みんな、ここに“ストリート・ミュージシャン”を見に来たのだろう。あちこちを指差しながら、それぞれが笑ったり立ち止まったりして、午後の公園を満喫している。
「シンタロの歌、聴いた時……」
 道行く人をぼんやりと眺めながら、航が呟くように語りだす。
「“あ、この声、好き”って、“もっと聴きたい”って思てん……。自分の声が出るようになって、一緒に歌(うと)て……。シンタロの声、気持ち良くて、もっと仰山の人に聴いてもらいたくて……。父ちゃんが昔、半年だけストリートで歌(うと)た事あるって言うてたん思い出して、俺もやりたいって……。シンタロと一緒に歌いたいって……。子供みたいやってゆうのは分かってる。只のわがままなんも分かってる。そやけど……」
 先刻までいたソロ・ミュージシャンの方へ視線を向け、航が震える手を組み力を入れた。
「……歌いたい……のに……」
 震えの止まらない手を見て、悔しそうに声を絞り出す。
「急がなくてもいんじゃね?」
 航の組まれた手に自分の手を置いて慎太郎が言った。見上げる航の瞳に慎太郎の笑顔が映り、震えが止まる。
「ほら、俺がいれば大丈夫じゃん」
「シンタロ……」
「“急に”ってのは、俺だってムリだよ。これからゆっくり慣らしていって、こういう風にならなくなってからでも遅くないと思うけどな」
 ここで辞めてしまうのは簡単だ。でも、これから生きていく上で克服しなければいけない事だと、慎太郎は結論を出した。
「慣らすって?」
「来れる限りここに来て、色んな人達見て回ろうぜ。お互い、人に見られるのには慣れてないんだから、少しずつ“人の山”に慣れていって、ついでに、場所も探して……。ほら、ここって広いじゃん?」
 慎太郎が公園の奥を指差す。
「きっと、日によって歌いに来る顔ぶれも違うと思う。そういうのをちゃんと見て、本当に自分達に出来るのかどうか確認してからでも遅くないと思うんだけど……」
 “どう?”と航の顔を覗きこむ。
「慣れる、かな?」
「“苦手意識を克服!”じゃなかったのか?」
 【吟遊の木立】の手前で叫んだ航の真似をして言う慎太郎に、
「……そう……やな……」
 エヘヘと笑う航。ようやく戻った笑顔に安心しつつ、
「じゃ、今日はここまで!」
 しっかりと言い切る。
「なんで!?」
「また痛くなったらマズイかもしれないじゃん。とりあえず、“ここ”ってのは決定なんだから、後は帰って休め」
 “また痛くなったら……”とそれこそ痛い所を突かれ、航がぷぅっと膨れた。恨めしそうな視線をスルーし、慎太郎が立ち上がる。
「シンタロ!」
 立ちたくない航が慎太郎の服の裾を掴んで睨み上げてくる。
「コーラ買って来る」
 そう言って少し向こうの自販機を指差す慎太郎。
「まだ顔色が悪いから、もう少しここで休憩して、それから帰る。……なら、いいか?」
 “もう少し”とは微妙な時間だ。察した航が嬉しそうに頷いた。


 二人で並んでコーラを飲んだ後、もう少し奥まで行ってから帰路に着いた。
 航は、どんなに人が多くても、向こうもしくは自分達が歩いている状態であれば平気らしい。ポイントはやはり、ライブの状態……自分達が止まっていて、同じく動かない状態の人達に取り囲まれる事……のようだ。今日のように人のライブを見て、振り返って……というのを繰り返すしか慣れる方法はなさそうである。
「シンタロ……」
 帰り際、考え込んでしまった慎太郎に不安そうに航が声をかける。
「……あ……。何?」
 黙って考えていた慎太郎が慌てて返事を返す。
「今日、頭痛(いと)なった事……」
 急に黙り込んだ慎太郎に、航は気が気ではないようだ。
「祖父ちゃんには……」
「言わねーよ」
「ホンマ!?」
 航が嬉しそうに驚く。頭痛の事を祖父母に告げたら、きっと反対されるに決まっているから……。
「やるって事はお祖父さん達には言ってあるのか?」
「うん。地図借りる時に言うた」
「反対されなかったんだ?」
「あんまりええ顔はせんかったけど、“仕方ない”って……」
 航の言葉に、慎太郎がキョトンと見詰める。
「“約束があるさかい”ってこっちに来たやん? そやから……」
「“約束”!!」
 自分がでまかせで言った言葉が未だに尾を引いているのが可笑しくて、慎太郎が思わず手を叩いた。
「でも、なんかあったら、きっと止められる……」
 シュンと視線を落とす航に、
「だから、慣らすんだろ?」
 慎太郎が笑う。
「ゆっくり、少しずつ。大丈夫、すぐに慣れるさ」
「……そーかな……?」
「俺もいるし」
「……うん……」
 たった五駅の電車移動。早速、明日の日曜日から“慣らし”と探索を兼ねて通う事を約束し、二人は各々の家に帰るのだった。