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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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ストリート



「あ゛ーっ! ウゼェ!!」
 帰り支度をしている慎太郎が声を上げた。横で待っていた航と部活に行こうとしていた石田が同時に吹き出す。
「木綿花の所為だ! 木綿花のっ!!」
 文句を言いながらカバンの中に宿題の出た分の教科書だけを乱暴に投げ込んでいく。
「“RUSH”大好きやもんなー、木綿花ちゃん」
 そう言って、航がたった今慎太郎が鼻歌っていた歌を真似して口ずさむ。慎太郎、今朝からずっと、同じ歌の同じ部分だけを繰り返し口ずさんでいたりするのだ。原因は、昨日発売されたRUSHの新曲と、それを聴き続けている木綿花と、これまたそれを手助けしているオーディオである。そんなに大きな音ではないのだが、壁伝いに響いてくる所為で妙に聴き取りやすいサビの部分だけが耳に付いてしまったのだ。
「ある意味、流行りじゃん?」
 “な?”と航を見ながら石田が言うが、
「俺は、チャラチャラしたアイドルは嫌いなんだよ!」
 慎太郎は壮絶に拒絶反応を示す。
「♪Don’t cry. A poor thing is you.……」
「航っ! 歌うなっ!!」
 怒鳴る慎太郎にペロリと舌を出す。
「♪堕ちるなら二人 To a world end」
「石田っ! 踊るなっ!!」
 歌いながら踊る石田に怒鳴ってみるが、
「石田、踊れるんや!」
 “凄いなー!”と拍手する航にあっさりスルーされる。
「俺んちは妹がファンなんだわ」
 しかめっ面で石田が笑った。
「DVDに録画して繰り返し観てっから、俺まで覚えちったよ」
「俺、踊るのは出来ひんなー……」
 感心しつつ、航がなにやら閃く。
「なーなー、石田。歌は?」
「歌?」
「うん。んーとな……」
 と、さっき自分が歌っていたところをハミングで口ずさむ航。石田がそれを真似する。
「シンタロ! 歌(うと)て! さっきんとこ!!」
「あん?」
 慎太郎が睨みつけるが、そんな事はお構いなしに航はカウントを取り始める。むしろ睨み返された気がして、渋々歌い始めた。
「♪壊れそうな物ばかりみつけては……」
 ……そして、声が重なる。
「♪Don’t cry. ……」
「♪Don’t cry. д poor thing is you ……」
 途端、コケる航、咳き込む慎太郎、止まる歌声。
「石田!?」
「お前、音痴!?」
「んだ!!」
 石田が頷きながらも、パンッ! と両手を合わせて目を瞑る。
「踊りながらだと誤魔化せんだけど……」
「な〜んや……」
 がっくりと肩を落とす航を見て、慎太郎が笑い出す。
「そうそうお前の思う通りには行かねーよ!」
「何が?」
「三人の方が歌に幅が出ると思たんやけどな……」
「何が?」
「残念でした!!」
「何が?」
 舌打ちする航とケケケッと笑う慎太郎の間で、石田が部活に行くのも忘れて首を傾げているのだった。

  
「ん・ん・ん・ん・ん……」
 レポート用紙の上にトントントンとペンを付いて航が微笑んだ。
「ちょうど十曲。一時間くらいやな」
 嬉しそうな笑顔で慎太郎を見上げる。
 公園を初めて回ってから三週間が過ぎていたりする。あれから、時間がある限り公園へ通った。前回から、やっと、航の頭痛も手の震えも出なくなった。
「今度の土曜、行く?」
 ウキウキと言う航に、
「見学に、な」
 慎太郎は慎重である。
「えーっ! なんで!?」
 航がいつものように膨れっ面で慎太郎を睨む。
「こないだは大丈夫やったやん!」
「たまたまかも知んねーじゃん、あと二・三回様子見て、それでも平気だったら……かな」
「えーっ!?!!」
 突然の航の大声に、慎太郎が思わず耳を塞いだ。
「大丈夫やもんっ!!」
 興奮すると、途端に“子供”になる航。
「今度は平気やもんっ!!」
「航?」
「俺、絶対に倒れたりせーへんから!!」
「航!」
「シンタロ、一緒やから、絶対に大丈夫やもんっ!!」
「航!!」
「大丈夫やもんっ!!!」
「わ・た・る!!」
 響く大声に耐え切れなくなった慎太郎が、航の両頬をブニッと引っ張った。
「痛い!」
「人の話を聞け!」
 ふと我に返った航が、
「……ごめん……」
 声を落とす。
「念の為、あと二・三回。これは譲らない!」
「……シンタロ……」
 シュンとした姿が幼い子供の様で、慎太郎の手が思わず航の頭を撫でる。
「よく考えろよ。今度の土曜から“ゴールデン・ウイーク”だぜ。土・日・月と見学に行ったって、その後、休みは一週間ある」
「一日と二日は学校やん……」
「おーまーえーはー!」
 “全く、あー言えばこー言う!!”と笑いながら慎太郎が続ける。
「三日から六日まで、四日もあるだろーよ」
「……うん……」
 頷いて、航が気付く。
「四日間やんの!?」
「……いや、四日は……」
 慎太郎が慌てて否定しかけるが、
「お前次第……かな……」
 見上げてくる航の瞳のキラキラに負けてしまう。
「俺、絶対に倒れへんから!」
 嬉しそうに笑いながら、航が楽譜を広げ始めた。
「十曲分、覚えんとな♪」
 なにしろ、譜面台がないのだ。ワサワサと持って行ってどこかに置くより、十曲分くらいなら覚えた方が楽だ。……とは航談。
「……五曲に減らさね?」
 慎太郎には十曲はとてもとても……と言ったところだ。
「そんなん、三十分もかからへんやん!」
 航としては一時間位は演奏したいらしい。
「……そら、誰も聴いてくれんかったら、五曲でやめるけど……」
 航の言葉に慎太郎がホッと胸を撫で下ろす……のも、つかの間。
「けど、それやったら、次の日も行くさかい!!」
 ガッツポーズの航を見て、観念する。
「コード覚えて、歌覚えて……」
 ふーっと溜息を付いた慎太郎の横で、
「出来るやろ?」
 航がしれっと言う。
「お前なぁ……」
 慎太郎は笑えない。
「ゴールデン・ウイーク過ぎたら、中間テストだぞ!」
 高校入学後、初の定期テストである。三年間の目安となる最初の成績が出るテストだ。正直、下手な点は取れない。いや、取りたくはない。
「別に特別良い点じゃなくてもいいんだけど、平均点はクリアしてーじゃん?」
「英語?」
 指差す航に、
「そーだよっ!!」
 慎太郎が逆ギレ。
「横文字が並んでっと、瞼が下りんだよぉ」
 かと思いきや、泣きが入る。
「身体ぐるみの拒否反応やなぁ」
 航がケケケッと笑う。その横で、
「俺は一生、日本で暮らすからいいんだ!」
 慎太郎、今度は力説!
「赤点とったら、言い訳にもならへんやん」
 “先生にも、それ言うてみ?”と航は笑いが止まらない。
「お前、そんな事言うんだったら、曲目減らそうぜ」
「ほな、土曜日から歌う?」
「……う……」
「な、シンタロ。土曜日から歌お?」
「……ダメ。譲れないって言ったろ」
「ほな、十曲も譲らへん!」
 あからさまに凹む慎太郎。その姿が、あまりにも気の毒で、
「そん代わり、試験勉強手伝うやん」
 “そやから、練習、練習!”と手にしていたペンをギターに持ち替えて航が慎太郎の肩を叩いた。
「お前、他人事(ひとごと)だな……」
「他人事やもん」
 凹む慎太郎が可笑しくて、航が笑いを堪えながらギターを弾き始め、ブツブツと文句を言いながら慎太郎もそれに続くのだった。