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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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「執事風……。女子の間で流行ってんだわ」
 ニッ! と笑って慎太郎から航のカバンを受け取る。
「良かった。堀越、元気そうで……」
 “心配してたんだぜ。これでも……”と航の左横に並ぶ。
「体育とかは、当分見学だな」
 三人並んでゆっくりと校庭を歩きながら、石田が航を見て言った。
「……うん……」
「靴も、一人じゃ履き替えるのムリじゃね?」
「あ……。そーかも……」
「マジで“執事”かよ!?」
 ゲラゲラと笑う石田の横で、航がエヘヘと肩をすくめる。
 ――― 予鈴ギリギリに下駄箱を後にし、三人は大急ぎで四階の教室へと向かうのだった。
  

 多少、クラスメートに囲まれたものの、何事もなく一日が過ぎた。原因が“事故の後遺症”からくるものだという事は暗黙の了解で、騒ぎ立てる生徒がいなかったのが救いである。流石に高校生となると、多少の分別はわきまえているという事だろうか。授業の教室移動の時も、誰かしらが声を掛けてきてくれた。
「なんか……もの凄い“重症”みたいや……」
「仕方ねーよ、杖二本じゃ……」
 帰り道、拗ねるように呟く航に慎太郎が笑った。骨折のように“後、○ヶ月”みたいに先が見えればそれほど心配はされないのだろうが、いかんせん、どの位で歩けるようになるのか、誰にも見当がつかないのだからしようがない。
「やっぱり、早よ一本減らさんと……」
「“早く”ったって、どーすんだよ?」
 二人分のカバンを持った慎太郎が、一歩先にバス停に着く。
「んー……。とりあえず、土曜日に病院に通おうかな、て」
 診察はともかく、リハビリの施設は毎日開いている。申請さえしておけば使用可能なのだ。
「午前中?」
 何気に訊いてくる慎太郎。慌てて、航が首を振る。
「ええよ! 土曜日やねんから、祖父ちゃんと行くし。シンタロかて、ずっと付いてたら疲れるやろ?」
「“疲れる”って事はないと思うぞ」
「平日は迷惑掛けっ放しになるんやもん。土日くらいは……。て、祖母ちゃんが言うててんけどな」
 直接は何も言ってはこないが、航の祖母も、それなりに気を使ってくれているのだろう。
「じゃ、土日は家族孝行の日って事で」
「うん」


 毎週土曜日のリハビリと隔週の検査通院。ウンザリするほどの同作業の繰り返しが続く。それでも、杖二本という不自由さにはそれ以上にウンザリしていた航は、リハビリに精を出した。何から何まで誰かの手を借りないと過ごせない学校生活。申し訳ないやら、恥かしいやら……。せめて片手だけでもフリーにしたかったのだ。
「……きっと、シンタロも呆れてるな……」
 いつまでも人の好意に甘んじてはいられない。動かなかった右足の感覚も、少しずつなら回復しているのだ。しかし、それは自分にしか分からない事である。みんなに呆れられない内に、少しでも目に見える成果を示したかった。
「感覚は大分戻ってきてんけど……。そう簡単には、動かへんか……」
 検査の後、いつも、航はそのままリハビリセンターへと向かう。付添いの祖父は、診察室の前で検査結果待ちの後、医師の話を聞く事になっている。
 普段はリハビリが終わる頃にセンター前にいる筈なのだが、今日は姿が見えない。病院本棟に繋がっている廊下を首を伸ばして見てみるが、祖父の姿は一向に見えない。仕方がないので、祖父がいるであろう診察室へと向かう事にする。
 廊下を歩いて行くと、左に階段、その手前にエレベーターがある。リハビリセンターの地下は駐車場。今いるのは、一階。そのまま真っ直ぐ歩いて、目の前の大きな自動ドアを通ると本棟の奥へと出る。救急治療室を横目に、売店前を通り、何かしらの処置室を過ぎるとメンタル科の向こうにエレベーターホールが見えてくる。それを更に通り過ぎたところに、目指す脳神経科があるのだが……。
「……ふーっ……」
 リハビリ後には、ちょっとばかり遠く感じたりする。
「あと……ちょっと……や、から……」
 一歩……二歩……と進んだところで、
「ばいてーんっ♪」「おっ菓子ーっ!」
 ドタバタと走ってくる子供達を見止め、避けようと身体を引いた。が、引きが足りなかったのか、子供達の進路がずれたのか、
“ドンッ!!”
 半身が当たり、
「っと!!」
 航がバランスを崩した。右の杖で支えようと力を入れるが、変なバランスの所為で突いた筈の杖が滑って状況は更に悪化。“転ぶ!”と思ったその瞬間、
「危ないっ!」
 前から手が差し出され、
“トン!!”
 右足が、動いた。
「大丈夫?」
 心配そうなその声に、差し出された手に掴まりながら航が顔を上げる。整った顔に茶色掛かった瞳が、真っ直ぐに航を見ていた。
「変なとこ、ぶつけてない?」
 本当に心配そうなその声に戸惑いながらも、
「大丈夫、です」
 頷きながら微笑みを返す。
「杖、大変だね」
 差し出されている手の主の少年が、すぐ横のソファーへと航を導きながら、滑って手から離れた杖を拾ってくれた。
「ありがとう」
 ソファーに腰掛けたまま杖を受け取り、ペコリと頭を下げる。
「……え、と……。あの……」
 少年の親しげな態度に航が訊ねようとした時、
「航!?」
 祖父の声がして、
「じゃあね」
 少年は小さく手を振って売店の方へと姿を消してしまった。
(俺の事……。知ってた……?)
 売店の方を見ながら首を傾げるが、
「航、大丈夫か?」
 駆け寄ってきた祖父の声で我に返る。
「ちょっとぶつかっただけやから……」
 祖父に微笑みながら、ぶつかった時“トンッ”とついた感覚が残る右足に、少し力を入れてみる。
「どうした? 足、ぶつけたのか?」
 祖父が心配そうに航の足に触れた。と同時に、動かなかった右足が……。
「動いた!!」
 驚く祖父にピースを出す航。
「“こける!”て思た瞬間に、この足が出てん」
 嬉しそうに頷く祖父。
「家帰ったら、速攻、シンタロにメール……」
 ここまで呟いて首を振る。
「んにゃ! 月曜まで内緒にしとこ。びっくりするやろな……」
 “ムフフ”と笑う航の横で、祖父が顔をしかめるのだった。

  
 夜の道。ゴクリと唾を飲み込み、乱れた呼吸を整える。
「結構、走れるやん、こいつ……」
 動きの悪い右足を杖でコツンと叩く。
 見上げた先には、“飯島家”のドア。
「大丈夫! シンタロは、祖父ちゃんみたいな事、言わへん。絶対!!」
 自分に言い聞かせるように呟きながら、階段を上がっていく。
 ――― 病院でのハプニングで右足が動くようになった事を祖父母はそれは喜んでくれた。
「これで、カバン、自分で持てる♪」
 重いカバンを一ヶ月半、慎太郎に持ってもらっていたのだ。気が引けない筈は無い。
「ずっとシンタロに持っててもろてたもんな……」
 といらなくなった松葉杖をピン! と指で弾く。
「やっと、一本……。もうじき夏休みやさかい、その間もなるべく動くようにして……」
 居間で祖父と二人、夕食を作っている祖母を見ながら航が続ける。
「秋には、ちゃんと立てるようになって……、そしたら、又……」
“カチャン!!”
 二人に背を向けていた祖母が、手元からお玉を落とした。
「祖母ちゃん?」