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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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叶わぬ願い



「……シンタロ?」
 玄関を出た航が辺りを見回す。
 あれから一ヶ月が経った。もうすぐ梅雨入りの六月初め。なんとか歩けるようにはなったものの、“松葉杖”は手放せないのが現状だ。だが、これ以上は入院を続けてもどうにもならない。何より、航自身が病院に飽きてしまっていた。歩く練習なんて、実際に普段の生活に戻った方が数倍進む気がする。なにより、病院内という事で、ギターの持ち込みを禁じられたのが航には一番応えていたりするのだ。
 退院は金曜日の午前中だった。なんだかんだでバタバタして、気が付けば夕方になっていた。夕刊を取りに行った祖母が、郵便受けに入っていた金曜日の分の授業のノートを持ってきてくれた。右足を引き摺りながら自分の部屋に行き、ギターのチューニングをしながらノートを時々めくる。と、最後のページに【月曜な!】と書いてあった。即座に、携帯を手に取りメールを送る。
『来たなら、直接、渡してくれたらいいのに!』
 ちょっと怒り気味に送ったメール。即座に返事が来た。
『忙しそうだったからさ』
 慎太郎の返信に、言葉が詰まった。きっと、慎太郎は祖父母に気を使っているのだと気付いたから。一抹の不安が過ぎり、次のメールをうつ。
『月曜日、一緒に行ける?』
 この状態だから、どこかで待ち合わせはキツイ。出来れば、今まで通り“家の前”にしたい。でも、それは……。
『早めの方がいいな。何時に行けばいい?』
 またもやすぐさま返って来た返事に、ギターを抱え込んだままメールをまた返す。
「えっと……」
 いつもより、三十分早めの時間を伝えた。早過ぎるかもしれない。でも、それなら、余った時間はおしゃべりに使えばいいだけの事だ。土日はゆっくり祖父母孝行して、少しでも慎太郎が顔を出しやすいように持っていかねば! と気合を入れ直した。
 そして、今朝。約束の時間になり、通学カバンを肩から掛け松葉杖を突きつつ玄関をでたのだが……。
「……シンタロ?」
 待ち合わせは航の家の前だった筈だ。なのに、慎太郎の姿が見えない。覚束ない足取りで、玄関先の垣根へと歩く航。ほんの1メートル程の距離なのに、不安に潰されそうになりながら垣根へと辿り着いた。
「……シン」
「おはよう」
 垣根を越えた瞬間、背後から慎太郎の声がして航が振り返る。
「居てへんかと思たやん!」
「堂々と待ってるわけにいかねーだろ?」
 そう言いながら、航のカバンに手を伸ばす。
「何?」
「貸せよ。持ってやるから」
 動かぬ足の代わりの杖は左右に一本ずつ。両手がふさがるからカバンは肩から掛けている。が、歩く度に揺れて杖に当たる。だから、持って貰えると確かに楽なのだが……。
「そやけど……重いで?」
 そう! まともに教科書が入っている学生カバンは結構重いのだ。
「そのまま歩いて転んだお前を起こす方が重いよ」
「転ばへんもん!」
 と、偉そうに一歩前へ出た途端、
「ぅわっ!!」
 道路のデコボコにバランスを崩す。
 すんでの所で、慎太郎に支えられ苦笑い。
「持って下さい……」
 その様子に慎太郎が吹き出す。
「最初っから、素直に渡せよ」
 笑いながら航のカバンを肩から外す慎太郎を見て、航が安心したように微笑んだ。
「なんだよ?」
 顔をしかめる慎太郎に、
「シンタロ、変わってないから……良かった、って」
 航が首を振りながら答える。
「“変わる”って、お前……」
「だって祖父ちゃんら、あんなやし。俺、こんなやし……」
 祖父母も色々納得はしたものの、まだ何処かわだかまりがあるらしく、“慎太郎”の名前に良い反応は返って来ないのだ。
 航の口から出た言葉に、慎太郎がコツンと航を小突いた。
「“あんな”も“こんな”も関係ねぇよ」
 その笑顔に航がエヘヘと笑う。それでも、以前のように歩けるようになれば、祖父母の思いも和らぐかもしれない。
「早(は)よ、杖なしで歩けるようにならんと……」
 歩きにくそうに航が慎太郎を見上げて言った。
「ゆっくりでいんじゃね?」
「いつまでも“荷物持ち”してもらうわけにはいかへんやん」
 よっこらしょ! と歩道の段差を上がる。
「やっぱり、外は結構キツイわ……」
 バス停で立ち止まり、航が笑った。
 確かに、病院内はバリアフリーで段差はないし、家の中もあちこち掴まる所が沢山あるから、杖は然程必要ない。でも、外は、段差は勿論、足元も平らに見えて実は結構デコボコしてるし、何かあっても?まれる所はない。
「まだバランスとるのが下手やから、脇が痛い」
 杖で体重を支えようとするから、杖が脇に当たってしまうのだ。
「すぐに慣れるさ」
 到着したバスに乗り込む為に手を貸しながら、慎太郎が言う。
「慣れる前に、杖を減らす!!」
 朝早いバスは、乗客もまばらで二人席に並んで座れた。
「意気込みは認めてやるよ」
 からかうように笑う慎太郎に、
「感覚は戻ってきてんねん。そやから、毎日こうやって歩いてれば……」
 まだ動かない右足を擦りながら、航が噛締めるように呟いた。
「マジ!?」
 感覚が戻れば、足に力を送る事が分かるようになる。少しずつ自分の意思で動かす事が可能になるのだ。
「まだ、“痛い”とか“こそばい”とかは分からへんけど、触ると“触られてる”っていうのは分かるようになってきてん」
「……そっか……」
「見てて! すぐに歩けるようになるさかい!」
「急がなくてもいいから、とりあえず、一本減らす事を考えろ」
 慎太郎に言われ、ガッツポーズを取っていた航がペロリと舌を出す。
「今月で一本減らして……。来月で杖無しになって……。再来月で普通に歩けるようになって……」
 指折り数え始める航に、
「月間予定立ててんのか?」
 慎太郎がクスクスと笑った。
「なぁ。秋には、また……」
 航の言葉に、慎太郎の顔が曇る。と同時に、車内アナウンスが終点の停留所名を告げた。
「降りるぞ!」
 そして、バスが駅に到着し、言葉を遮られた航はそれに気付くこと無く慌ててバスを降りるのだった。

  
 バスを降り、商店街を横切り、公園を歩く。一ヶ月振りの公園は、すっかり色合いが初夏になっていた。ゆっくりと堪能したいところだが、三十分早く出て来たところで“慣れない松葉杖”には到底及ばず、大した余裕は得られなかったのだ。
「一時間早く出た方が良さそうだな」
 杖を突く航を見ながら慎太郎が呟く。
「一時間って……。シンタロ、大変やで……」
 そこまでは頼めないとばかりに航が首を振った。
「一人じゃ、もっと時間掛かるだろーよ!」
 笑いながら、航の額をデコピンで弾く。
「今更、遠慮してんじゃねーよ」
「……うん……」
 “悪いな……”と思いつつも、慎太郎の笑顔が嬉しかったりする。
 ――― やっとの事で、公園の遊歩道を抜けた。その先の横断歩道を渡ると学校だ。
「堀越っ!!」
 ようやく見えてきた校門。その前でブンブンと両手を振り回す……
「石田!?」
 ……を見つけて、航が笑った。
「何してんの?」
 クスクスと笑う航に、
「飯島一人じゃ大変だろうから、お出迎え♪」
 石田がとぼけて九十度の角度で頭を下げる。
 航はというと、石田のポーズにまた、クスクス。
「なんやねん、それ……」